10月末、母を自宅に2泊3日で迎えてみて

気になること

10月27日から29日にかけて、ほぼ寝たきりになってしまった82歳の母を自宅に迎えた。

昨年2021年8月12日に母が札幌の自宅で転倒して大腿骨を骨折してしまってから1年以上、私たちは母にほとんど会えずにいた。
今年2022年5月の連休明けにやっと、介護タクシーと飛行機を乗り継いで約7時間。ほぼ寝たきりの母を札幌から所沢に連れてくることができて、所沢の自宅の近所にある老人保健施設(以下、老健)にひとまず入所できたのだが、6月に入ってリアル面会が解禁になったものの1週間に1回10分2人までという制限付きで、しかもほどなく再びコロナ感染状況が悪化して面会禁止になってしまった。そしてそのまま今に至る。

面会禁止ということは、もちろん外出も外泊もできない。
コロナ以前は散歩に連れ出したり、家に一泊や二泊することもできたらしい。というか、連れ出さなくても家族が施設に出向いておしゃべりしたり、好きな食べ物を持っていって食べさせたりもできたそうなのだけれど、今はそういうことが一切できない。とことん自由がきかないのである。

私たち娘は会えなくても、せめてときどきショートステイを利用して父を送り込めば母も喜ぶだろうという期待が無残に裏切られたことは、9ヶ月の別離を経て、2泊3日のランデヴーがかなった母と父だったが……に書いたとおりだ。認知症の父は、普段から不安で不安でしょうがないのだが、ショートステイではもっと落ち着きがなくなってしまい、結果、母を憔悴させてしまう。思い出を語り合うなり「今」を楽しむなりしてくれればよいのだが、そんな芸当はムリな二人なのである。

しかし、そんな父母をそのまま放っておいて、いずれどちらかが先に逝ってしまう……で、いいのだろうか? その前に、やってあげられることがあるんじゃないか?
そう思った姉と私は、一緒にいてサポートしてあげれば、母と父が揃って楽しい時が過ごせるのではないだろうか?と考えた。
とはいえ、ほぼ寝たきりの母を家に迎えて移動介助やオムツ替えをするという介護を、私たちはどこまでできるのだろうか?
想像しようにも、この一年余のあいだに私たちが母と会えたのは、移動時の7時間と、面会が解禁になったときの数十分と、発熱入院での付き添い時の2時間程度だけなので、まったく想像が及ばない。そこで、ケアマネージャーさんに相談してみた。

そして提案されたプランは、こうだ。
母の老健での「入所」を、いったん在宅介護枠の「ショートステイ」に変更する。そして、自宅に介護ベッド、車椅子、玄関の出入りのためのスロープをレンタルし、ひとまず2泊3日やってみる。
なぜ2泊3日かというと、「入所」から「ショートステイ」にすると、介護保険の枠組みでは毎月の薬の処方のための診察に家族が病院に付き添って行かねばならず、そうすると母が施設に留まっていない日に病院に行く必要があり、1泊2日だと両日とも施設にいることになるので、中日に病院に行ける2泊3日が最短となる、のである。ふぅ。めんどくさいね、介護保険の利用規定。
まぁ1泊2日では忙しすぎるし、3泊4日は長すぎるかもしれないし、とりあえず2泊3日でいいんじゃね?ということで、そのプランでGO!!とあいなった。

たかだか2泊3日。
なんだけど、準備がかなり煩雑だった。
事前にケアマネさん、老健の相談員さんと理学療法士さんが調査で家にやってきていろいろ確認と相談。自宅の間取りでは、車椅子だとトイレも洗面所も使えず、母の状態を考えてもあえて危険を冒してトイレを使うよりもずっとオムツをして、歯磨きや洗顔はテーブルで洗面器を使うべし、という結論になった。それから、介護計画書とかその他の複数書類を確認してサイン。後日、ケアマネさんが介護ベッドや車椅子を貸してくれる業者さんを紹介してくれて搬送日の調整。入所から在宅介護に変更されると、自宅に来るときは施設の車での「送り」がないので介護タクシーを予約(施設に戻るときは、ショートステイ利用なので施設の車のお迎えがある)。
日をあらためて、施設で関係者会議も行われた。母を交えて、ケアマネさん、相談員さん、理学療法士さんと顔を突き合わせての会合のついでに、私は介助方法とオムツ替えのやり方を母の部屋(初めて足を踏み入れた!)で10分ほどレクチャーしていただき、オムツの種類などもチェック。帰宅途中、ホームセンターでオムツやパッドを買おうとしたけれど店頭にはなくて、そうだよなー、こんなかさばるものは通販で買うよなぁと気づいて帰宅後にネットで注文。

こうした実務のほかに、母が好きなカステラ、おせんべい、干し芋などのお菓子を生活クラブで前もって注文しておいたり買ってきたり。介護ベッドが届く前に、母の部屋にするリビングの家具をほかの部屋に動かしたり、備品を揃えたり、なんだかんだ。いやはや、やることがたくさん。しかも母がいるあいだは仕事はできなくなるから、前倒しで原稿を送ったり取材の準備もしたりで大忙しだったのよぉ。

そうして迎えた母の2泊3日。
結論から言うと、想像していたより大変だったし、なにより想定外だったのは、思っていたような家族団欒などしている暇がなかったことだ。なにしろ母は食事をとることは自分でできるけれど、それ以外の身動きはほとんどできなくて、起き上がるのも寝相を変えるのもできないから着替えもオムツ替えもスムーズにはいかず、なかなか時間がかかるんである。いちいち「こんなに時間がかかっちゃった!」と驚くことばかりだった。しかも、10分程度のレクチャーを受けただけでオムツ替えが習得できるはずもなく、あわてて動画検索して再確認したりもして時間はかさんでいくのだった。とほほ。
母のお世話に加えて、料理や片付けや洗濯、中日には老健の担当者さん二人の訪問に対応したり、姉と私の二人がかりで父母を近所のクリニックに一挙に連れて行って薬局で薬を取ってきたり、母一人だと電話をかけるのも不自由なので親戚や母の友人に電話をかけさせてあげるなどという用事も加わって、あれあれ、もうこんな時間!? の連続で、あわただしく2泊3日が過ぎていった。

最終日、11時頃にお迎えの車を見送ったあとは私は文字どおりバタンキュー、午後はひたすら眠った。腰痛持ちの姉もがんばってくれたけれど、オムツ替えと移動はなるべく私が担当するようにしたのがたたり、腰を痛めてしまったのだ。なるべく腰に負担がかからないように介護ベッドの高さを動作によって調整したのだが、自分の意思で体を動かせない母の重みを私は無理に力を入れて支えてしまったようだ。日々できるだけストレッチや軽い筋トレもしているし、かつて合気道をやっていたから変に力を入れない体の使い方ができるという自信がちょっぴりだけどあったのだが、完璧に撃沈。涙 

その晩、電話で母曰く、「ありがとう。おいしいものをいっぱい食べさせてもらったし、楽しかったわ。でも、しばらくはいいわ」。
たぶん、不慣れな人に介助されるのに母も疲れたのだろう。日々、お世話してくださっている介護士さんたちに心から感謝するしかない。これからも、よろしくお願いします。
自宅で仕事をする傍らで介護してあげられるかもしれないなどとほんのわずかでも想像した私はバカでした。片手間にできるものではない重い負担なのだと、あらためて思い知りました。

そして2泊3日のあいだ、お連れ合いはどうしていたかといえば、1年ちょっと前からデイサービスで始めた絵や習字の作品を自慢気に見せて母に褒めてもらっているときはご機嫌さんにしていたけれど、それ以外のときは、姉と私が母にかかりきりだからかブスッと不機嫌にしていることが多かった。まるで2番目が生まれてお母さんが赤ちゃんにかかりきりなのが気に入らない長男の図。構ってほしいオーラがバンバン出ていて、いい加減にしてくださいと言いたくなった。昭和一桁男のオレ一番気質に、我が父ながらいささか呆れてしまった。自分のことばかりじゃなく、もう少し母に気持ちを向けてあげられんかね、キミ。
(認知症だから周囲の状況がわからなくて戸惑っていただけなのかもしれないけど)

まぁ、父はさておき、母を転倒や誤嚥などの事故なく無事に2泊3日過ごさせてあげられたのは、ほんとうによかった。次回いつにするかはまだ決めかねてはいるけれど、いずれまた迎えてあげたい。
とはいえ、ぶっちゃけ何より望むことは、コロナ感染が落ち着いて面会・外出が頻繁にできるようになることだ。そうすれば、面会・外出で事足りる。母もきっとその方が楽だろうし、私たちの負担もずっと軽くてすむ。
経済的には、今回の利用枠の切り替えや何やで介護保険の1ヶ月のポイント分を超えてしまい、わずかではあるけれど自己負担分が発生してしまったとケアマネさんからお詫びの電話があった。そもそもコロナ禍の制限のせいでわざわざ利用枠を切り替えなければならなかったわけで、面倒な制度上のやりくりを苦心して、私たち家族がやりたいように工夫してくださったケアマネさんを責めるいわれなどない。
ああ、ほんとにコロナさん、はやく弱体化してくれるといいな。ふぅ。

いったん在宅介護枠のショートステイにしたので、いっそ、申請して待機中の特別養護老人ホームのショートステイをお試ししようという流れになり、今週火曜に母を移動させる予定になっている。これまでは4人部屋だったのが個室になるし、もしかしたら父もこちらの施設ならショートステイで落ち着いて過ごせるようになるかもしれないから、うまくいけば私たちのレスパイトの機会が増やせるかも。姉も私もすっごく期待している。
うまくいきますよーに、なむなむ。

荒れた庭を見ながら2人でくつろぐの図。ほんのひとときでしたが笑
2人でアルバムを見るの図。ほんのひとときでしたが笑