認知症の父のおかげで、演技の才能が開花したかも

日々の楽しみ

認知症の父と同居するようになって2年半が過ぎ、当初はできなかったけれど、できるようになったことがいろいろある。
その筆頭が、いつも明るいトーンの大きめな声で話すこと。自分の気分や父の不機嫌に左右されることなく、声や話し方だけはいつも明るく。

父がゴソゴソ何か探し回っている気配に気づけば、内心「めんどくせーな」と思っても、「あら?✨どうしたの?✨」と明るく問いかける。
父が「お前たちが金をとったんだろう」と言ってくれば、「またかよ、いー加減にしろ」と思っても、「あら✨ 何かな?✨」と対応する。「警察に行ってもいいのか」と脅されても、「いいわよ~✨」と明るく答える。
……とかとか、ほんと、私も姉も無意識のうちに、めっちゃ演技できてる。

認知症の父は、しょっちゅうしょっちゅう疑心暗鬼あふれる状態になる。こちらも引きづられてしまうと、家中がドンヨリした雰囲気になる。めんどくさくて荒く返事してネガティブ・ワードの応酬になってしまうと泥沼だ。

そんなわけで、すっかり明るい天然キャラになりきった演技が板についてきた。が、それにしても
、「もしかして私、女優になれるかも?」というほどの出来事があった。

それは昨晩、日曜の夜のことであった。
姉は夕飯後19時からオンライン会議があるという。私は21時半からやはりオンライン会議の予定が入っていた。

夕食後、自室に急ぐ姉を見送ってから、私は父と生チョコを食べながらのんびりお茶を一服。父がニュースを見ているあいだに食器を片付け、少し休憩してから父に歯磨きを促し、トイレの介助もして、20時頃にはパジャマの着替えを手伝い、疲れたという父をベッドに寝かしつけ、私は自室で打ち合わせの準備などしていた。

で、21時ちょっと前に父の寝室の扉が開く音がした。前回のブログに書いたとおりトイレ問題が深刻化しているので、すわと立ち上がってトイレに向かった。案の定、まだ廊下にいるのにチ○チ○を出さんとしているところだったので、「さあさあどうぞ」と先に立ってトイレの扉と便座蓋を開けて中にいざない、「失礼するわね」と後ろからズボンとリハビリパンツをグイと一気に下げ、180度回転させて便座に座ったのを確認してから、「では、あとでね」と言って扉を閉めた。

小便でも父はそこそこの時間がかかる。前で待つのも寒いので、書斎に一旦引き上げ、気配をうかがいつつ過ごしていたのだけれど、5分ほどしても出てこないので様子を見に行った。

昨日は、私は昼前から夕方まで市民活動で出かけ、姉がワンオペ介護してくれていた。日中、久しぶりに「ものとられ妄想」が出て不穏になっていたと聞いていたので、あまり急かすようなことはしない方がいいだろうと思い、トイレの扉をノックして「お困りじゃないですか?」と丁寧に聞いてみた。
すると、父は「あー、大丈夫です」と敬語で答えるではないか。

「お困りじゃないですか?」は、これまでもときどき使っていた。不機嫌なときでも、これを使えば「うるさい!」と怒鳴られることはまずなかった。とはいえ、父は「ああ、大丈夫だ」などと上から目線なトーンで返事するのが常だった。ところが、このときは、なぜか敬語。
で、次に私が同じトーンで「おしっこですか? うんちですか?」と尋ねてみると、「あー、大便なんですが、もう少しで終わります」と、また敬語で返してきた。
もしかして、敬語ごっこ的な感じ?と思ったのだけれど、さらに「でしたら、お手伝いしましょうか?」と問うと、「あー、大丈夫です、自分でできますんで」と、また丁寧に返事してきたのを聞いて、これは、外で声かけしているのが私だと認識していないのだと確信し、急激に笑いが込み上げてきた。
でも、「ここで笑っちゃいかんぞ」と自制して自室に走り戻ってから一人お腹を抱えた。

ところがまた数分しても父が出てくる気配がない。すでに父はパジャマに着替えていて、築50年近い木造一軒家のトイレは寒い。風邪をひかれたら困る。
そこでまた、トイレの扉をノックして、「お困りじゃないですか?お手伝いしましょうか?」と聞いてみた。
父「あー、大丈夫です、もう少しで終わります」
私「拭けてますか? ウォシュレットしましょうか?」
父「いや、大丈夫です、自分でできます」
私「寒いんで、あまり時間が長くなると冷えますよ」
父「あー、中は暖かいので大丈夫です」

強行介入して父の機嫌を損ねるのがイヤだったので再び自室に戻ったのだけれど、ほどなく出てきた気配。
そこで、ちゃんと布団をかけているか見届けなければと思って寝室に行くと、まだ立っていた父が振り返って、「あー、今、女の人が丁寧に挨拶に来てくれた」と言うのである。「それ、私よ」などと言ってまた混乱すると21時半のミーティング開始に間に合わなくなりそうだったので、「あら✨そうなのね。良かったわね~✨」と明るく答え、再び寝かしつけて自室に戻ったのだが、それとすれ違いにオンライン会議を終えた姉が父の様子を見に行ってくれた。

そして数分後、今度は姉がお腹を抱えて私の書斎に駆け込んできて、言うのだった。
「パパがね、『さっき、女の看護師さんが大丈夫ですかと聞いてくれた。割ときれいにトイレも掃除してくれてあった。よかったな、トイレ掃除を頼んでおいて』って言うのよぉ~」と話しながら姉はヒーヒー笑いつづけた。

ワタクシ、本業は編集者・ライターなんですけど、これからは名刺の肩書きに「トイレ掃除の上手な演技派俳優」って書いちゃおうかしらん。

って、観客は認知症老人に限るかもですけど😂