アメリカ合衆国最高裁判所の歴代2人目の女性判事となったルース・ギンズバーグの半生を描いた映画『ビリーブ 未来への大逆転』が教えてくれたこと

気になること

2018年に日本でも公開された映画『ビリーブ 未来への大逆転』をDVDで観た。

アメリカ合衆国最高裁判所の9人の判事のうち現在最年長のルース・ベーダー・ギンズバーグが、1950年代にハーバード大学法科大学院に入学し、卒業後に大学教授を経たのちに、1970年代に初めて弁護士として臨んだ裁判までの半生を描いた映画である。

冒頭の映像は、男、男、男、ダークグレーの背広姿の男の波……

そこに現れる青一点。ルース・ベーダー・ギンズバーグの登場である。

彼女がハーバード大学法科大学院に入学した1956年、500人の学生のうち女性はたったの9人。女子トイレも寮もなく、「君が入らなければ、その席に男子学生が座れたのに」などという男性教授の侮辱発言が当たり前の環境だった。

しかしルースは、ガンで闘病することになってしまった同級生の夫マーティンの授業にも出席し、子育てもしつつ、やがて回復したマーティンの就職にともなってボストンからニューヨークに引っ越し、コロンビア大学に転入して主席で卒業するというウルトラCを決める。
すごい!というか、ほとんど超人的だ。頭がよくて、努力もできて、忍耐力も体力もあって、ものすごく強い意志がなければ成しえないことである。
映画では当時の生活の細かな描写がなかったので「きっと裕福な家族のサポートがあったのだろうな」などと観ながら想像していたのだが、鑑賞後に公式ホームページをみると「貧しいユダヤ人家庭に生まれた」とあって驚いた。

主席で卒業するほど優秀だったのに、彼女を雇う弁護士事務所はなかった。当時、女性に門戸を開いていた弁護士事務所がなかったのである。やむなく大学で教鞭をとるようになったルースは、女性と法律の関係や男女平等についての授業に力を入れるようになっていく。

ときは70年代。
弁護士の夢を諦めきれないルースに、着々と弁護士のキャリアを積んでいた夫のマーティンが、あるとき1つの訴訟についての記録を手渡す。「面白いケースだ」と言って。
それは、母親を介護しながら生活している男性に介護補助がおりないことに対して起こされた裁判の敗訴の記録だった。ルースは、この男性に対する差別に対して男性の権利を主張することが、ひいては女性差別の歴史を変えることにつながると信じて、自ら弁護をかってでて上訴する。しかし多くの人たちは「勝てない」と言い、困難の壁が思いのほか高いことを肌身に感じてルースの自信は揺らぐ。

この映画で感動的な場面のひとつは、ルースがその困難を乗り越える術を求めて、女性の権利拡張を訴えてきた先達の女性弁護士ドロシー・ケニオンを訪ねるシーンだ。アドバイスを求めようとするルースの話にドロシーは耳を傾けようとはせず、厳しい表情で「この国は変わらない」と断言して立ち去ってしまう。
このときルースは、仕事一辺倒の母親に反発して心を閉ざしていた娘ジェーンをともなっていたのだが、予想していなかったドロシーの拒絶に呆然として外に出た二人は、道端にたむろす労働者たちから卑猥な言葉を投げかけられる。ルースは娘に「相手にしちゃだめよ」と囁いて知らんぷりでやり過ごそうとするのだが、娘のジェーンは勇敢にも悪態をついて彼らに応酬する。腕っぷしの強そうな男たちを前にひるむことのないジェーンを見て、ルースは気づく。
「この国は、もう変わってる!」 
70年代のアメリカでは女性解放運動が広がり、娘のジェーンは積極的にデモにも参加するリベラルな若者に育っていたのだ。そして娘の勇気に鼓舞され、「この国は変わらない」というマインドセットを解かれたルースは、あきらめずに裁判への準備に邁進する。

終盤の臨場感あふれる長い法廷シーンも感動的だった。
法廷デビューの極度の緊張で弁がなめらかに進まず心が折れそうになるルースの心情がひしひしと伝わってきて、思わず手を握りしめてしまう流れの果てに、追い打ちをかけるように一段高い判事席から男性判事が、ルースに威圧的に問う。「100年分の先例をくつがえそうと?」と。
それに対してルースは答える。「国を変えろとは言いません。未来は変えられると信じていたいのです」。
ルースの目が輝きを取り戻し、法廷の空気感が変わる瞬間だ。
このシーンは公式ホームページの予告編にも編集されているので、まだご覧になっていない方はぜひつまみ食いしてみてください。

「未来を変えたい」という意志は、バトンのように受け継がれている

ルース・ベーダー・ギンズバーグという強い信念をもった女性の存在を、私はこの映画で知った。映画はいかにもアメリカン・サクセス・ストーリーという印象だったし、鑑賞後には「スーパーヒーローだから社会を変えてこられたんだろうな」という他人事感に囚われもした。
しかし伝記絵本『大統領を動かした女性ルース・ギンズバーグ』で、映画に描かれていた以上に彼女が乗り越えなければならなかった不公正があまたとあったことを知り、さらにドキュメンタリー映画『RGB 最強の85才』で小柄で控えめで自己主張をしない素の彼女の姿を見るうちに、やはり何よりも彼女の「未来を変えたい」という意志の強さゆえの偉業なのだと理解が深まり、畏敬の念が強くなった。

ルース・ギンズバーグは、彼女が得意とする「法」の世界で何ができるかを考えつづけ、一つ一つ裁判を積み上げることで社会に巣食う女性差別を矯正してきた。そしておそらく別の分野にも、やはり強い意志をもって女性差別をなくそうと活動してきた人たちがいたからこそ、社会は少しずつ変化してこれたのだ。
そしてルース・ギンズバーグとマーティンのあゆみを映画や本などの作品を通して広く伝えようとする人たちがいるから、遠く離れた国に暮らしている私たちも、その偉業を知ることができる。意志と勇気のバトンはこうして受け継がれ、可能性が広がり、多くの人の心に希望が宿る。

昨年2019年末に世界経済フォーラムが発表した「ジェンダーギャップ指数」のランキングで153カ国中121位、G7で最下位という惨憺たる現状の日本にも、「未来を変えたい」と願う女性たちがこれまでもたくさんいたし、今もたくさんいる。私も、次世代の女性たちが私たちの世代よりももっと差別のない社会で、自由な心で生きられるようになってほしいと心から願い、今いる場所でできることからアクションしていこうという思いを新たにした。