認知症92歳の父に会いに「お客さま」がデイサービスに来てくれた

日々の楽しみ

1ヶ月半ほど前の6月のある日、帰宅した父が、ちょっと興奮気味に言った。
「今日は、中学の同級生のお父さんが会いにきてくれた」と。

は? 中学の同級生のお父さん?……って話である。

父は92歳。
帰宅前に行っていたのは、スピリチュアル系のそういう場所(そんなの実際にあるかは知らんが)ではなく、いつも通っているデイサービスである。
なのに、中学の同級生のお父さんが父に会いにきた? ……幽霊か。

デイサービスの「連絡帳」を見ると、その日はこんなことが書かれていた。

「午前中から『お客さまがいらした』とお探しになっていらっしゃいます。新規ご利用の方が増え、なじみのない方が多くなったためか?と思われ、静養をおすすめした際も『お客さま』に遠慮して休まれずお過ごしでした。」

ふむ、なるほど。
新しい利用者さんを「お客さま」、しかも中学の同級生のお父さんだと父は勘違いしたようだ。

父の出身地である北海道の歌登町には当時中学校がなく、父は賄い付きの下宿に住んで通学したというのは昔語りに聞いたことがあったので、「その方は、旭川からいらしたの?」と問うと、父は「いや、今は所沢に住んでいるんだ」とやはり興奮気味に答えるのだった。

しかも聞くと、それはどうやら樋口季一郎氏だと父は思い込んでいた。
樋口季一郎氏は、第二次世界大戦幕開け直前に多くのユダヤ人難民の亡命を助けた陸軍の軍人で、まだ父が札幌に住んでいた3年ほど前に本が出版されたり記念館が開館されたのを父は新聞記事で知り、本を読んだ父は「中学に転校してきて仲良くしたいと思っていたヒグチくんという子がいたんだが、すぐに夏休みになってしまい休み明けには引っ越していなくなってしまっていたんだ。お父さんが軍人だったから、きっと樋口季一郎氏だと思う」と話していた。何度も繰り返し話すので、「いっそ記念館に電話で問い合わせてみたらわかるかもしれないよ」とか「今度私が札幌に行くとき、石狩の記念館に一緒に行ってみる?」と勧めてみたのだが父は反応せずそのままになって今に至る(と書きながら、3年前は新聞記事を読んで、一人で本屋に行って本を探して買ってきて読むことができてたんだなぁ……と驚く)。

その後も「お客さま」はデイサービスに来ているようで、今もしばしば話題になる。ときに、中学の同級生のお兄さんになったり、中学の同級生本人になることもあって、旭川じゃなくて仙台から来たようだったりもするのだが、たぶん名前はたしかにヒグチさんのようだ。
奇跡的な巡り合いで今、所沢のデイサービスで一緒に過ごせるようになったヒグチさんとご飯を食べながら、ご馳走したいのにお金を持っていなくて不安になったりもしているようだ。「大丈夫、デイサービスはみんなツケだから」と説明すると、「よくわからん」と言いながらも父は少し安心する。

2年前に札幌から所沢に連れてきて以来、父が平日通っているデイサービスには当初、碁を打てる利用者さんが1人しかいなかったようなのだが、最近はどんどん増えているという。

「今日も老人の人がやってきて碁を打った」なんて報告してくれる日もあって、連絡帳に私がそれを書くと、スタッフの方が「たしかに昨日も囲碁をなさっていました(シルバーの男性同士で楽しそうでした)」と返信してくれたりする。
父は「きっと、あれだな、俺がいるから集まってくるんだな」と言ったり、「俺がいるからあそこは繁盛しているんだ」と呟いたりすることもある。

今ではヒグチさんも囲碁仲間だ。

デイサービスとは、日々いろんなミラクルが起きる場所なんだな。