「これって変だよね!」を共有しながら、ハッピー・フェミニストになろう

気になること

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』(くぼたのぞみ訳/河出書房新社2017年4月発行)を読んだ。

著者は、『半分のぼった黄色い太陽』や『アメリカーナ』などの小説が30以上の言語に翻訳され、世界的に注目されているナイジェリア出身の作家だが、この本は2012年12月に彼女がTEDeEustonで行ったスピーチを元にした一冊だ。

スピーチ原稿に加筆された本なので、口語調でとても読みやすい。
とくに私はYouTubeでスピーチ動画を見てから本を手に取ったので、「あ、ここは聴衆がゲラゲラ笑っていた場面だ」などと思い出しながら、著者のユーモアを噛みしめて味わえた。もし動画を見ていなかったら、著者のウィットに気づけず、ただ単にムカッ腹を立てながら読み進めてしまっていたかもしれない。
というのも、そこで語られている彼女の実体験としての女性差別のエピソードの数々がひどいのだ。
例えば、駐車場のガードマンに彼女がチップを渡したのにそのガードマンは同伴していた男性に向かってお礼を言ったとか、一人で高級ホテルに行ったらセックスワーカーと間違えられたとか、レストランのウェイターが同伴していた男性には挨拶したけど彼女は無視されたとか。

語りながらアディーチェさんは、思わせぶりに間を置いて聴衆に視線を向けたり、「いわゆる」を示すために両手の指で「“ ”」を描きながらステレオタイプのニュアンスを強調したりして、「あ、そういうの、女性差別のアルアルだよね」という聴衆の共感を引き出していた。

この本の「まえがき」で、著者はこんな風に語っている。
「あんまり喜ばれるテーマではないかもしれないけれど、それで必要不可欠な話し合いが始まってほしいと思ったのです。(中略) 聴衆は優しく耳を傾けてはくれても、わたしが話すテーマには異論を唱えるかもしれないと思ったのです。でも話し終わったときのスタンディング・オベーションで、わたしは希望を抱くことができました」

現代を生きる女性のほとんどが、多かれ少なかれ女性であるがゆえに差別されたと感じる体験があるだろう。
そして、被差別体験は往々にして言葉にしづらく、言語化せずに心の奥底に沈めた鬱屈した思いがいつのまにか「また差別されるのは嫌だ」と自分を押し殺す下地になってしまったり、あるいは「ま、そんなものだよな」という諦めに変質してしまったりした体験も、身に覚えがあるに違いない。
だけど、勇気を出して人に伝えれば、「それって変だよね!」「私も変だと思う!」「そんな差別、なくしていきたいよね!」という共感が生まれることを、アディーチェさんはこのスピーチによって私たちに実証してくれている。

「訳者あとがき」によると、このスピーチの語りを人気ミュージシャンのビヨンセが『Flawless』という曲に挿入したり、スウェーデン政府が冊子にして16歳の子供たち全員に配布したり、パリのプレタポルテ・コレクションでクリスチャン・ディオールのモデルが「We Should All Be Feminists」(←スピーチとこの本のタイトル)と胸に印字した白いTシャツを着てランウェイを歩いたりすることで、アディーチェさんのメッセージはさらに広まっているという。
彼女のメッセージが多様な表現に彩られて世界に拡散されているとは、なんて素敵なことだろう。

かつてアディーチェさんは、あるジャーナリストに、こう忠告されたという。
「絶対に自分のことをフェミニストといわないほうがいい、なぜならフェミニストというのは夫を見つけられない不幸な(アンハッピー)な女性のことだから」

以来、彼女は自分を「ハッピー・フェミニスト」と呼ぶことにしたという。

時代を経て、ネガティブな偏見を抱く人も少なくない「フェミニスト」という言葉。
だからこそ、アディーチェさんはこんな風に定義する。

男性であれ女性であれ、「そう、ジェンダーについては今日だって問題があるよね、だから改善しなきゃね、もっと良くしなきゃ」という人です。

世界経済フォーラムの評価による「ジェンダー・ギャップ指数2021」の156カ国のランキングでは、ナイジェリアは136位、日本は120位。ともに男女格差の是正が遅れがちな国だということをランキングは示している。
とはいえ、アディーチェさんがナイジェリアで体験した女性差別のあれこれは、現代の日本で暮らす私たちが日常的に体験しているそれとは表層的には違っている。社会的・文化的・経済的な背景が異なるからだ。だけど、受験や昇進であからさまに冷遇されたり、評価が低く見積もられて活躍の機会が減らされたり、非正規雇用率が男性よりも大幅に高かったりする日本の数多の男女格差と、根底にある偏見は同じだ。

日本でも、最近は女性差別に「これって変だよね!」と積極的に声をあげ、改善をめざして前向きに発言する若い世代の人たちがたくさんいて心強く感じる場面が多くなってきた。
もっともっとハッピー・フェミニストが増殖していくといいなと思う。

アディーチェさんの2009年のTEDスピーチ「シングルストーリーの危険性」もおすすめ。気づきと勇気を与えてくれます。