一回目の事件が起きたのは、3月29日(金)の深夜、すでに日付が30日に変わった1時半頃のことだった。
「ごめん、ちょっと手伝って、一人じゃ無理だわ、廊下まで水が溢れちゃってて」と姉に起こされた。半分眠ったまま姉について階段を降りていくと、ギョギョギョ、ほんとだ、廊下から玄関にかけての床が水で覆われている。水源のトイレも、もちろん水浸しだ。なんじゃこりゃ、大変だ。一瞬にして目が覚めた。
姉いわく「パパがトイレに行く音で目が覚めて、なかなか出てこないから様子を見にいったら、水が溢れててパパがオロオロしてたのよ。で、なぜか便器に紙パンツ(リハビリパンツ)が二枚と靴下が一足入ってて……」。もちろん認知症のご本人様、なぜそんな事態が引き起こされたか定かでない。まぁ、理由を知ったとて水が勝手に引いてくれるわけじゃなし。
「手伝うか?」と申しわけなさそうに寝室から顔を出してくるけれど、ついついキツい調子で「こっち来ないで!」「寝てて!」とつれなく対応してしまう私たち。
ともかく溢れている水をできるだけ早く除去しなければならない。
すでに姉がそうしていたように、パジャマのズボンを膝まで折りあげ上着の袖もまくり上げ、タオルを2枚とってきた。それから、水を吸ってブヨブヨに膨れ上がった紙パンツを姉がバケツに入れてあったのを浴室の床にひとまず移し、空になったバケツに、タオルに吸わせた水を絞り、また吸わせてはバケツに絞り、バケツの水を空け、また吸わせては絞り……を何度も何度も繰り返し、なんとか収拾するのに二人がかりで小一時間かかった。やれやれ。
ぐっすり眠っていたのを起こされて、この作業。まじ、疲れた。ボロ雑巾のようになって再び眠りについた。まぁ、翌朝の土曜は姉が職場に出勤しなくてすむのでよかったと思おう。
そして、まさかの二度目は4月13日(土)の夜であった。
9時頃に姉が父を寝かしつけてくれて、姉も私もフリータイムのひととき。私は雑務を済ませてからオンラインで朝ドラ「虎に翼」を3日分視聴して爽快な気分になった11時半、そろそろ寝ようかというときだった。姉から「また、水が溢れてる!」と呼び出しがかかった。自室でヘッドホンを付けて朝ドラを見ていたから騒動に気づけなかったようだ。
今回は、前回よりも浸水量は少なかった。が、しかし、事はより重大であった。というのも、父が流したのは紙パンツ本体ではなく尿とりパッドだったんである。
前回の事件の後、「失禁の頻度が高くなってきたので、その度に履き替えるよりもパッドを使えば抜き取りだけですむので、ご本人も楽だと思います」とデイサービスのスタッフの方からの助言を受けて使用するようになっていたパッドだった。思えば、前科があったのだからリスクを察知できたはずなのに、ああ、後悔先に立たず。
姉いわく「就寝時にはしていたのに無いから、詰まってるのはパッドのはず」。うん、そうだ、そうに違いない。だが、便器の中に、その姿は無い。
幸い、水は澄んでいる。床に溢れた水を拭き取ってから、ままよ、と私は袖をまくり上げた右腕を便器に突っ込み、その奥を手で探った。
ある! あるよ! パッド、そこにある。でも、取れない、掴めない。ああ、そこにあるのにぃ!
便器の「排水トラップ」なるものの形状を私が認識したのは、今回が初めてだった。常時水が溜まっている窪みの先は、いったん上向きになり、それから排水管に向けて下向きになる構造だ。これは、途中をグネグネと曲げ、曲がっている部分に水を溜めることで下水道からのガスや臭い、害虫などが上がってくるのを防ぐためなのだが(というのは、後で検索して知ったこと)、詰まってしまったパッドを取り出すには非常に都合の悪い形状なのであった。
普通、何かを掴み上げようとするとき、ヒトは手のひらを下向きにして握ってグイッと力を入れる。そうすれば、手の構造として自然に力が入れられるのだ。ところが、そのときパッドは、便器の奥が一度上向きになってから下向きになった向こう側に詰まっていたのである。手のひらを下向きにして腕を突っ込むと、手のひら分しか奥に入れることができず山の向こうに届かない。そこで手のひらを上むきにして便器に腕を入れて事に当たるわけだが、そうすると手の甲側の手首を山のカーブに沿って向こう側に曲げのばすことができてパッドに触れられるのだが、かろうじて指先にパッドを引っ掛けようとするも力は入らない。少しずつでもちぎって取り出せるか?という淡い期待も抱いたのだが、何度やってもそれはビクともしないのであった。パッドは水を吸って膨らんで管いっぱいに詰まっていて、パッドの表面のツルツルした素材は私の指先の力で千切れるほど柔ではなかった。4月中旬とはいっても、夜中の水は冷たくて手はかじかんでくる。こうなっては、なすすべなし、ヨヨヨ、あきらめるしかなかった。
姉が、「自治会の役員の方が近所に水道修理屋さんがいるから安心だと以前話していたから、明日の朝、その方に電話して聞いてみる」と言うので、ひとまず寝ることにしたときはすでに日付を跨いでいた。またもボロ雑巾のようになって布団に潜り込んだ。
幸い、翌朝8時過ぎに件の水道修理屋さんの電話番号が判明し、日曜にもかかわらず、早ければ午前中、遅くても昼過ぎには来てくれると連絡がついた。しかも「前の修理先に行く途中だったから」と9時頃に寄ってくださり、いったんラバーカップ(スッポン)で詰まり解消を試みてくれもしたのだが残念なことに頑固なパッドは出てこず、結局、午後1時過ぎにあらためて作業再開。まずは、便器の取り外し。しかし、すでにパッドは便器本体の先に逃れており、排水管に高圧洗浄を施すこととあいなった。
スッポンをしていなければ便器の取り外しだけで済み、料金は抑えられたかもしれない。が、しかし、スッポンだけで済めば便器の取り外しはせずに済む可能性もあっての成り行きだったのでまったく不服はないのだが、休日料金含めて5万5千円也。決して軽くはない出費となった。とはいえトイレ詰まりといえば、検索などでレスキュー業者に頼んでウン十万円かかって消費生活センターの相談案件になるケースも多いようだからリーズナブルな料金だと思うし、なにしろ、翌日早々に1階のトイレが使えるようになってありがたきことこの上なかった。夜中から午前中にかけて、たぶん計10回近く、足元のおぼつかない父を2階のトイレに介助してくれたのは姉だった。ほんとうに、おつかれさまでした。ありがとう。
93歳の父のトイレ問題が深刻化してきましたに書いたように、日々、トイレ介助と掃除に疲弊する上に、トイレ詰まり浸水事件×2。なんだかトイレを巡る疲れが蓄積されつつ春が過ぎてしまったように感じる今日この頃。
だけど振り返れば「ちゃんと春を楽しめたよな」とも思うので、そんな季節感満載&おいしい写真も記録しておきま〜す♪ ↓↓↓