どうして台湾のコロナ対策は優れているのか。知りたかったら、この本を!

日々の楽しみ

台湾には凄腕の若手IT大臣がいて、各薬局のマスク在庫を誰でもリアルタイムで知ることのできるアプリを広めた。そのおかげで、混乱なく市民にマスクは行き渡り、その他の新型コロナウイルス対策も順調に進んでいるらしい。

そんなニュース記事を、私は「いいなー台湾、すごいなー台湾」と指をくわえて読んでいた。去年の春、日本の首相が「布マスク2枚を全戸に配布する」という無意味な政策を闇雲に決定するよりも前のことだ。

その後、私はWebメディアの記事などを通じて、このIT大臣オードリー・タン氏(唐鳳/タン・フォン)が飛び抜けた天才で、IT界では名を知られた頭脳の持ち主で、シリコンバレーで活躍した起業家でもあり、トランスジェンダーでもある・・・といったことを知った。

で、興味をもって手に取ったのが、『Au オードリー・タン 天才IT相 7つの顔』(アイリス・チュウ/鄭仲嵐(てい ちゅうらん)著/文藝春秋2020年9月発行)。
読んで、オードリー・タン氏の生い立ちや才能はもちろんのこと、近年の台湾の民主化とデジタル化の激動の変遷も知ることができた。

まず、なんといっても驚いたのは、天才児を持つ親の苦労と、天才に生まれた人の生きづらさ。桁外れのレベルの知能を持って生まれてくると、普通の教育では手に負えない。それがどんなことかなんて、想像してみたことがなかった。

それから、私がめちゃくちゃ圧倒されたのは、2014年の「ひまわり学生運動」だ。
日本の国会に当たる立法院の議場を、学生たちのデモ隊が24日間にわたって占拠した歴史的事件である。
台湾への中国の経済的な影響力を強める「海峡両岸サービス貿易協定」の強行採決に対して、学生と社会運動家が強烈に反対して広がった運動だった。
そのとき、情報の透明性を確保することこそ民主的に政策を決める鍵だと考えたのが、オードリー・タン氏をはじめとするシビックハッカー(市民の政治参加に関心を持つプログラマー)のコミュニティ「g0v(ゼロガバメント)」だった。シビックハッカーたちが、議場の内外をつなぐ通信ネットワークを速やかに整備したり、数十万人規模のデモ行進の映像を野外の大型スクリーンでコンサートライブのように中継したりしたおかげで、その後の民主化と情報の透明化の道が拓かれた。
ほんと、すごい。こんなすごい出来事が海の向こうの隣国で起こっていたなんて。一行一行読み進みながら、感動しまくりでした。

つまり、マスクマップ・アプリは、若手IT大臣が新型コロナウイルスと同時ににわかに出現し、何もないところに魔法のようにパッとつくられたわけではなかったのだ。シビックハッカーたちが政治と市民の橋渡しを進めてきた年月あってこそ、危機に直面したときに迅速な協働が可能だったのだ。
驚異的なスピードでプログラムが組まれたマスクマップ・アプリは、一朝一夕に生まれたかのように見えて、実は、年月をかけて豊かに耕された土壌あっての果実なのだ。それが、この本を読んで理解できた。

巻末には、「特別付録 台湾 新型コロナウイルスとの戦い」も編纂されていて、「台湾モデル」として国際的に高く評価されているコロナの封じ込め対策の概要も知ることができた。これまた印象的すぎる内容だった。
今回の優れた感染症対策の背景には、2003年にSARS流行で経験した大きなダメージがあった。その苦い経験を踏まえ、専門医師と行政が次なる感染症に備えて着々と仕組みをつくっていたのだ。そして、前回の失敗を糧に、専門家たちがリーダーシップを発揮して力を尽くしている。

台湾の防疫指揮センターは、記者会見を毎日開き、冒頭10分ほどの総指揮官からの説明後は、記者たちから質問が出なくなるまで応答するのだそうだ。そしてその会見を、市民はまるでテレビドラマを追いかけるようにテレビやネットで視聴しているという。会見で報告された数字や公式情報を入手できるアプリも開発され、市民に活用されているという。
こうした政府の徹底した情報公開と、防疫チームの高いコミュニケーション能力が評価され、2020年5月時点の世論調査では、総指揮官の支持率94%。
初期の段階から、国としてマスクの生産体制を整備した迅速さもあっぱれだ。
すごい! 思わずまた、指をくわえてしまったよ。

重大な危機に直面しても、政府はめったに会見を開かず、対策の決定プロセスがブラックボックスで見えてこない国に住んでいる身としては、うらやましすぎて溜息が止まらない。
いいなー台湾!すごいなー台湾!

この本、表向きはオードリー・タン氏を語ると見せて、その正体は台湾のPR本みたいだ。
すっかり魅了されてしまった。