スペインで始まった「時間銀行」の試み。なんだかワクワク、私もやってみたい

気になること

工藤律子著『雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店2016年2月発行)を読んだ。

この本には、スペイン各地で2010年前後から広がっている「時間銀行」や「地域通貨」の事例がいろいろ紹介されている。その背景にある金融危機が人々の暮らしに与えた打撃や、そうした社会の流れを根本的に変えていこうとする「社会的連帯経済」の考え方や社会運動についても触れられている。

「そうかそうか、そんなこともできるんだ!」「そんな風に考えればいいのか!」と膝を叩きながら読んだ。読みながら、なんだかワクワクしてきた。
というのも、しがないフリーランスの編集者の私にはたいした収入も貯金もないし体も虚弱で、今も未来も不安に満ちている。たぶん他の人だって、現在の日本では定職があっても非正規職員だったり給与が低かったりする人も多いだろうし、職場でのいじめやパワハラも少なくないようだし、コロナウイルスの登場で多くの人の人生が大きく揺さぶられているだろうし、先行きに不安を感じない人などいないだろう思う。
だけど、「お金」だけが人生なの? 雇用されて賃金を得られなかったら自分の人生を支えていけないの?……という根源的な問いを、この本は希望とともに差し出してくれる。そして「1%の金持ちが99%の普通の人たちの運命を握っている」とも言われる資本主義の行き過ぎに対して、私たち一人ひとりができることはあると教えてくれる。

とりわけ「いいなぁ、私もやってみたい、使ってみたい」と読みながら思ったのが「時間銀行」だった。
どんなものかというと、「時間」を交換単位として、参加するメンバー間でサービスのやり取りをする仕組みだ。「銀行」に自分が提供できるサービスを登録して、誰かからサービスを依頼されたら提供する。サービスを提供すると、かかった時間分の「時間貯金」がプラスされ、依頼者からは差し引かれる。実にシンプルな仕組みだ。「時間貯金」のやりとりは、オンライン帳簿や手帖に記録する。

もともとは80年代に米国のエドガー・カーン博士が「タイムバンク」を提案し、米国各地で実践例が生まれていた。そして2008年の世界金融危機をきっかけに、スペインでは経済状況が悪化して一時は失業率が30%近くまで高くなり、2011年5月15日にはマドリードで大規模なデモが開かれた。それが、市民運動「15M(キンセ・エメ)」のうねりとなり、そのなかで「時間銀行」を運営する「地区会議」や市民グループや自治体が出てきたという。
職探しをしても国に頼っても活路が見いだせない人たちは、物々交換会を開いたり、時間銀行を通してサービスのやり取りをしたりして人と繋がり、お金をかけずに暮らしを豊かにする試みが広がっていった。
水道の水漏れを修理する、ベジタリアン料理を教える、文学の話をする、パソコンを修理する、子どもに勉強を教えるなどなど、やりとりされるサービスは多様だ。

もちろん、お金がないと買えないものもある。だけど、お金を使わずに得られるサービスや物が増えれば、稼がねばならないお金は少なくて済む。しかも、お金を使わずにやりとりしながら友達ができて信頼関係が広がっていくとしたら、むしろお金を使ってサービスを買うよりも豊かに暮らしていけるだろう。

スペインで「時間銀行」を広めた立役者でもあるフリオ・ヒスペールさんの言葉を、忘れないように以下に記しておきます。

“ 現在の危機は、既存のシステム全体の危機。
「金融危機」や「経済危機」といった単語で表現されるべきものではなく、「環境の危機、社会の危機、文化の危機に加えて金融・経済の危機が発生した」という認識で捉えるべき、ということだ。つまるところ、私たちは地球規模の環境問題に取り組む意識を持ち、個人や家庭、地域、国家といったさまざまなレベルで生まれている貧富の格差や文化的アイデンティティ・価値観の喪失、金融・経済システムの矛盾を解決する方法を本気で探らねば、どのみち危機から逃れることはできない。だから、問題と包括的に向き合おう。そのために「もうひとつの経済」に取り組もう。”

この本を読んで、私がすでに実践しているDIYやリメイクなどが「もうひとつの経済」として位置付けられると確信を持てるようにもなった。資本主義から離れてできることを、暮らしの中でもっともっと増やしていこうと思う。
実際に「時間銀行」を動かすとなると、仲間も必要だ。住んでいる地域で、一緒にできる人と出会えたらいいなぁ。