介護は人それぞれだけど、心構えは先輩から学ぼう

気になること

荻野アンナ著『働くアンナの一人っ子介護』(グラフ社/2009年1月発行)を読んだ。

昨年2021年8月中旬に母が大腿骨を折って入院し、一人暮らしのできない父を札幌から連れてきて、急遽、同居介護に突入して5ヶ月が過ぎた。その間、父は91歳になり、認知症が着々と進んでいるように見受けられる。会話がかみ合わないことが以前より目立つし、着替えや洗顔や歯磨きなどの日常の手順がわからなくてマゴマゴすることも増えてきた。
デイサービスを週4日利用してはいるものの、朝起きてから夜寝るまで、食事や着替えや諸々の世話をせねばならず、かみ合わない会話にも繰り返しの問いかけにも応じなければならない。「姉と二人で力を合わせればまぁどうにかなるさ」と同居介護を決断したが、いやはや、めんどくさいのなんの。わずらわしいこと限りなし。

そんなわけで、気づけばいつも私は救いを求めている。何か介護を楽にするいい方法はないか、いい対応の仕方はないか、いい息抜きはないか……? で、たしか荻野アンナさんが介護のことを書いていたなと思い出し、図書館で借りてきたのが、この本。

著者のお父様はフランス系アメリカ人で、船長という職だったため著者はほぼ父不在の環境で育ち、父親らしいことをしてもらった記憶がないという親子関係。しかも強烈なエゴイストで日本語は解さず、介護には通訳の役割がもれなく付随するという大変さだ。
お母様は抽象画の画家で、老いてもなお人生の軸足を表現活動に置いておられてアトリエのある自宅で暮らすことに執着する。
著者ご自身は、慶應義塾大学でフランス文学の教職に就き、作家と二足のわらじ。籍を入れていなかったパートナーがガンを患い看取ったあと、ご両親の本格的介護に突入されたという波乱のシーンが盛りだくさん、この本では編集者さんとの対話形式の語り下ろしスタイルで綴られている。

老親二人それぞれの度重なる入院・退院、わがまま、雑用、すべてを一人っ子の著者が背負い、ときに言い争い、ときになだめ、ときに人の助けを借りて切り抜けていく。
読んでいると、「まだ私はマシかぁ」と思えてくる。

10年以上前に出版された本なので介護サービスの詳細などは現状と異なることもありそうだし、家族同士の関係性や習慣や状況はさまざまで自分のそれとは必ずしも重ならないが、過酷というほかない介護の日々の中で著者が搾り取ったエッセンスの数々から学ぶことは多い。備忘のため以下にメモし、もやもやプンプンしてきたら繰り返し読もうと思う。

かわいそうな私、と思った瞬間に人間は崩れる。わがままな私、と思い直すと立ち直れる。
(だから著者は介護中も、落語やボクシングを習ったり、病院の近くの飲み屋や爬虫類店で息を抜いたりする自分の時間をなんとしても確保していた。)

“ 年寄りってときどきすごくわがままになって、何と底意地が悪いんだろう、みたいなことが誰でもあるんですよ。でも意地悪の形でしか表せない愛情もある。”

“ どんな相手に対しても、人生返せと思った途端に自分が崩れる。むしろ徹底的な無償の愛をこちらが示すことで、愛情とは無縁だと思っていた相手が、一瞬深い理解とか愛情を示してくれる。すごく新鮮な驚きでした。”

“ プロにゆだねる決断のときってありますね。本人が嫌がっているし、とか、周りの目が、とか思って先延ばしにしていると共倒れになるんですね。”

“ 最近、一回の面会時間を長く取ろうとするから、父に会う回数が減る、と気付きました。文字どおり顔だけ見せる、というのもアリなんですよね。恋愛と同じで、会う時間の長さより頻度です。(中略)三十秒で家庭の雰囲気が出るから不思議なものです。”

“ 闘病は苦しくても、一つの楽を見つける努力は、看病する側、される側、両方の心を明るくする。”

“ 介護は閉じられた空間になりがちです。だからなるべくいろいろなところに出向いて行って、いろいろな人と話したほうがいい。聞ける相手、話せる相手を分散しておく。リスク回避のための人材を、あちこちにばらまいておくという感じですかね。”

“ 介護は閉じられた世界。「引きこもり」ではなくて「引きこもらされ」です。家と病院の往復では、心が痩せてしまいます。(中略)私の場合は、病院の周辺に小さな楽しみを複数確保して乗り切りました。”

“ 押し流されていると、あっと言う間に蓄積疲労が自分で処理できないレベルになってしまいます。病院で倒れて点滴を受ける、というのを何度かやって、私もようやく悟りました。渦に逆らって、川を逆流するぐらいの勢いで、自分のための五分間を確保する。その五分間が、自分と病人を助けてくれるんです。”

“ 父が怒った途端、車いすをぱっと鏡のほうに向ける。「お父さん、鏡の中の自分の顔をごらん。そんな顔、似合わないでしょう」と言ってほっぺたをムニュムニュもむ。「お父さんは笑顔が似合うんだから」と言うと、思わずぷくっと笑う。「ほらね」と、そこでもうご機嫌が直るんです。”
“ 口先の問題というより、歳をとった人の尊厳を守る心がまえだと思います。誇りを持ってもらい、やる気を出してもらう。年寄りの不機嫌って本当に強烈で、うまく対処しないと、こちらもつぶれかねないので、ちょっとしたコツをつかむとお互いに楽になれます。”

“ 大げさなようですが、我々は人類史上初の事態に直面しているんです。こんな長生き、歴史上なかったですもんね。長生きは人類初のご褒美なんだけど、まだ我々がご褒美をどう扱っていいかわからない。
老後はどうしても全部自分で、あるいは家庭でと考えがちですけど、ここまで長生きするようになると、あるところからはプロの領域になりますね。自助努力とか家族の愛情では解決できない。