世間一般から遅れに遅れて、今ごろ「あまロス」。2週間どっぷり朝ドラ『あまちゃん』の世界に浸って学んだのはアントレプレナー精神だった

日々の楽しみ

この数日、私はかなり重症な「あまロス」です。
心にぽっかりと穴が空いて、夢中になれるものがない。
のんちゃん演ずるアキの笑顔が見たい、あの東北訛りが聞きたい、アキの心の動きをなぞりたいetc.……グスン。

2013年の10月頃、多くのあまちゃんファンが虚脱感にとらわれていた気持ちが、7年近くを経た今やっと理解できましたよ。テレビを持たない私が流行や時の話題からズレまくりなのはいつものことだけど、もう7年も経つんですね。

それにしても、私が言うまでもないですが、本当によくできたドラマでした。
2週間のあいだズブズブの依存症状態になってしまいましたよ。
何をしていても続きが観たくて観たくてしょーがない。
頭のなかには「潮騒のメロディー」と「暦の上ではディセンバー」と「いつでも夢を」のメロディーが断片的に響き渡り、何かにつけて「じぇじぇじぇ!」と驚いてみせたくなり、下手なのに東北弁を真似たくなる。
私の日常が、あまちゃんディテールに占領されきっていました。

物語は、岩手県の海辺と東京、そして現在と過去を行き来しながら展開していく。娘と母と祖母それぞれの感情や成長、田舎と都会の人々との関係や思いが、それぞれに絡み合い、過去のいくつもの出来事の謎が伏線となり、登場人物の人柄や関係性とともに真実がだんだんと浮かびあがってくる。
毎日15分放映されていたドラマには、さらに観たくなるネタが小刻みに仕込まれているから、もー、やめられない、とまらない♪

しかも役者揃い、絶妙な脚本、見飽きることのない舞台背景。
笑える場面にもじんわりと人生の味わいを感じさせる綾があり、しんみりと涙をそそるシーンにも何かしら笑いの種が含まれている。その笑いと涙が、心を浄化してくれる。ああ、もっと観つづけていたかった。すごいぞ、宮藤官九郎と仲間たち!

この2週間、すっかりあまちゃんたちと生きている気分になっていた私だが、こうして「あまロス」の心と向き合いながらあの場面この場面を反芻しているうちに、「何が印象的って、アントレプレナー精神だよな〜」と思い至っている現在です。
観ていたときは、アキの成長をメインにたどっていた気がしてたんだけど。

なんといっても起業家の凄腕は、宮本信子演じる祖母の「夏ばっぱ」。
海女として海に潜ってウニを採る。かつ、袖が浜の海女クラブ会長も務める。
海女クラブのみんなで採ったウニを、自宅脇の調理場でウニ丼に加工する。
そのウニ丼を、自ら北三陸鉄道の車中で1,200円で販売する。
夏には、観光客の前で素潜りを披露し、1個500円で採れたてウニを食べさせる。
さらに駅舎にある喫茶「リアス」およびスナック「梨明日」を経営し、仲間とともに切り盛りしている。
夏ばっぱは、朝から晩まで休むことなくいくつもの役割をこなしている。小商いを複数営みながら、地元の人たちとともに地域経済を日々地道に動かしつづけているのだ。
そんな姿を見て、孫のアキは目を輝かせる。
「カッケー!」

そしてアキは、夏ばっぱのような海女を目指しつつ、親友のユイちゃんと一緒に地元アイドルになり、東京でのアイドル・グループへのチャレンジを経て、東日本大震災後に地元に戻って復興事業の夢を描く。
北三陸鉄道を舞台にするイベント、お座敷列車、海辺の「海女カフェ」企画など、地元の人たちと一緒に観光客を呼びよせて地域を盛り立てることにアキが喜びを感じるのは、夏ばっぱの後ろ姿を見ているからだ。

小泉今日子演ずる母の春子は、そんなアキの背中を押し、自分がかなえられなかったアイドルへの夢を託しているうちに芸能事務所を立ち上げ、社長としてビジネスに腕をふるうようになる。

終盤の海女カフェでの復興支援リサイタルで、薬師丸ひろ子演ずる女優の鈴鹿ひろ美は「潮騒のメモリー」の歌詞をアレンジする。
元の歌詞では「三途の川のマーメイド」だったのを、アキ・春子・夏の3人をなぞらえて「三代前からマーメイド」と歌うのだ。
今、私が歌うなら、「三代つづけてアントレプレナー」だな。あ、語呂が合わないか。笑

とはいえ、三代のアントレプレナーを取り巻く今後の環境はななかなか過酷そうだ。
ドラマの終わりの時点では、海女カフェは地元の人たちの手づくり感覚満載のリフォームで再開できたし、北鉄も途中まで再開通したし、種ウニを撒いた海にはウニも戻ってきてはいた。
だけど、震災前に建てた海女カフェの借金は、漁業組合に千万単位で残っている。そもそも震災前からの過疎化と高齢化と後継者不足はアキだけでは解決できないし、モータリゼーションの進展にともなう北鉄の赤字つづきも深刻だし。
地域経済と暮らしには課題が山積したままともいえるし、震災の被害を加えて考えるなら、むしろ地域全体の負債は増大してしまったともいえる。
そして後日談を想像するに、今般の新型コロナ感染症の打撃も追い打ちをかけているだろう。困難は重くなる一方だ。希望は、やはりアキの求心力が引き出す地元の人々の力と、東京に残った春子との連携だろうか。。。って、そうなんです、私の心のなかでは、まだ物語が続いているんですよ。笑

でもね、きっと現在、どこに住んでいても課題は山積。未来が見えてこない焦燥感を誰もが抱えている時代なんだと思う。
だからこそ、アキのくったくのない笑顔と、好きなことへのチャレンジに邁進していく姿が、私たちに希望を感じさせてくれるんだと思う。
そして、こんな希望を心に植えつけてくれるドラマをつくれる文化芸能の力にあらためて可能性を感じるし、コロナ禍の影響によって芸術文化の灯を絶やすようなことがあってはならないとも思う。

私が今になって『あまちゃん』を観たのは、小泉今日子さんのエッセイ集『黄色いマンション 黒い猫』を読んだのがきっかけ。この朝ドラにまつわる『アキと春子と私の青春』と題した一編もこの本に編纂されていて、読んだら無性に観てみたくなったのでした。

エッセイ集からにじみでてくるキョンキョンのキャラクターは、気の強さと繊細さを併せ持つ春子に重なるようにも感じた。自ら制作会社の株式会社明後日を立ち上げていることも、春子とかぶってみえた。最近では、SNSで政治的な発言も積極的に行い、コロナ禍で困難な状況にある文化芸術振興の活動にも尽力するキョンキョンの姿は、今の私には春子の延長線上に見えている。

ストーリーのみならず、さまざまな視点で楽しめる『あまちゃん』。
母と娘、東京と田舎、アイドルと女優、鉄道と自動車、マドンナと普通の女子、海上と陸上などの対比が鮮やかで、豊かに思いを馳せさせてくれるドラマです。
まだ観てない方も、もう観た方も、ウィズ・コロナ時代を生き抜くためのヒントと希望を得たいと思うなら、今です、強くおすすめします。
どうやら、芸能的なパロディやオマージュも豊富に織り込まれているようです。流行や時の話題にうとい私には言葉にしきれませんが、どうぞ各自の視点で隅々まで味わっていただきたい。

あ、ついでに加えておくと、私はDVDレンタルで観ましたが、NHKオンデマンドをはじめ各社の動画配信サービスのほうがお得みたいですよ……って、みなさんもう、そっちですよね。いつも時流に乗り遅れてしまう私です。笑