私の母は80歳。8年前に患った脳梗塞が原因の半身不随で、動きがかなり不自由だ。車椅子がなければ出かけられないし、利き手の右手がほとんど動かないので何をするにも苦労している。
できる料理も、ごくごく限られている。それでも工夫して、ご飯を炊く、ブロッコリーを茹でる、沢庵を切るといったことは何とかこなしている。がんばってます、えらいです。
1週間の献立は、生協の宅配サービスで冷蔵・冷凍のおかずを注文したり、ヘルパーさんにスーパーのお惣菜をまとめ買いしてもらったり作り置きしてもらったりして、やりくりしている。ケアマネさんからも勧められたが、配食サービスの利用は母も父も断固として拒んでいる。
まあ、食べたいものを食べたいときに食べたい気持ちはよくわかります。
もうすぐ90歳になる父は最近足元がおぼつかなくて、スーパーまで行ってもらうのは気の毒だと母は言う。最寄りのコンビニでおにぎりや焼き鳥を買ってくるくらいが関の山になってしまったようだ。父はコンビニでは「塩にぎり」と「とり皮」のおじいちゃんと認識されていて、頼む前から店の人が差し出してくれるらしい。笑
そんなわけで、母と電話するときの主な話題は「今日のご飯」。
「生協の冷凍天ぷらで天丼にしたらわりと美味しかった」とか、「今日も生協の牛丼にした」とか、「しめ鯖を解凍してパパに切ってもらった」とか、「日曜は定番のステーキとポテサラ」とか。ある程度はパターン化しつつ、ほどほどのバリエーションと栄養バランスを保てているようだ。よいではないか。
近所に住む妹一家がしばしば手作りのおかずやフルーツなどを差し入れてくれることがあって、そういうときは電話の第一声が華やぐ。
そんな食にまつわる感情の起伏を感じとるにつけ、毎日の食事は大切だなぁと思う。
数日前、昼食のことが話題になった。
母は、お昼は軽く菓子パンくらいで十分なのだという。だけどヘルパーさんが買い物に行ってくれるのは週1回。生協の宅配と組み合わせても、最後の1日の昼食が足りなくなりがちだという。しかも、足りないときに限って雨が降り、コンビニすら父に行かせるのは不安だったりするのだと。
ふむ、まあそういうこともあるだろう。
で、私が去年滞在していたとき、母の好物のホットケーキを昼食に焼いてあげるとご機嫌だったのを思い出し、「冷凍のホットケーキをヘルパーさんに買ってきてもらっておけば?」と言うと、「あら、そんなのがあるの? じゃあ明日、頼んでみるわ」と母。
ホットケーキ、チーズドッグ、たこ焼き、たい焼き、焼きおにぎりなどの冷凍食品は、かつて息子が育ち盛りだった頃は何かしら常備しておいたものだった。お三時はもちろん、仕事で帰りが遅くなる夕方にも「チンして食べて」と言えてすごく助かった。今の母の昼食には、そういう部類のちょっとした軽食が向いているかもしれない。
ところが翌日、電話口の母の声は冴えなかった。
スーパー2軒をはしごしてくれたヘルパーさんによると、コロナ禍の巣ごもり需要でホットケーキミックスが激売れし、かたや冷凍ホットケーキは需要が激減して仕入れなくなってしまったというのだ。絶句。
家で過ごす時間が増えてお菓子やパンを焼く人が急増し、ホットケーキミックスや小麦粉などがスーパーで欠品になったり品薄になったりしたことは私も報道で知ってはいたが、その余波で粉物の冷凍食品が売れなくなっていたとは。
そんなこと、あるんですね。
それによってメーカーは増産したり減産したり、流通を増やしたりストップしたり、悲喜こもごもだろう。
需要と供給のバランスは予測が難しいとはよく聞く。冷夏だとビールが売れないとか、暖冬だと鍋物の材料の売れゆきがイマイチだとか。でも、こんな感染症の影響など今まで誰も経験したことがないから、マスクの市場ほどではないにしても、食品販売の現場はさぞや混乱したことだろう。
調べてみると、とりわけ4月にはホットケーキミックスなどの「プレミックス」を含む「ホームメーキング材料」が食品全般のなかでも大きく伸び、昨年度同時期の約2倍も売れたというから驚きだ(ホットケーキミックスはなぜ品薄になった? コロナ禍での商機を支えた「攻め」のマーケティングとは参照)。
なかでもホットケーキミックスは、蒸しパン、バナナケーキ、炊飯器でつくるケーキなどに応用できるし、卵や牛乳と混ぜるだけだから子どもと一緒でも手軽に調理できる。需要の急拡大の背景には、全国いっせいの学校休業も大いに影響していたのである。
今となっては「なるほど」だが、あらかじめ予測できた人がいただろうか。
そしてこれからは、どうなっていくのか。
すでに緊急事態宣言は解除され、学校も再開した。社会の流れは、経済優先に急激に傾いてきている。人々のライフスタイルの変動にともなって、食品関連の生産や流通でも舵取りが変更されているだろう。
ふたたび冷凍ホットケーキが店頭に並ぶ日は遠くないかもしれないが、そうした流通の変化の裏に、気が遠くなるほどの多くの人たちの働きがあるのだなぁとしみじみ思う。
農家さんを含む生産者さん、輸入業者さん、加工業者さん、流通を含めスーパーや店舗の方々がコロナ禍でも働きつづけているから、私たちの手元に食品が届く。ひたすら感謝していただかなくては。
新型コロナウイルスの感染者がふたたび増加しているので、まだしばらくの間は父母のいる札幌への移動は控えようと思っている。
焼きたてのホットケーキを母に食べさせてあげられる日は、いつになるかな。