ネジれた心理を読み解くと、埼玉県民の地元愛が見えてくる

気になること

『なぜ埼玉県民だけがディスられても平気なのか?』(鷺谷政明著/徳間書店2018年11月)を読んだ。

タイトルが示すとおり、「なぜ埼玉県民だけがディスられても平気なのか?」の理由を分析するとともに、著者自身が埼玉でメディアをつくってきた過程での苦労や体験も綴られている。加えて終盤には、埼玉県63市町村が各1ページのダイジェストで紹介されている。

軽妙な語りに笑いを誘われ、絶妙な比喩や誇張に「なるほどね」と説得されながら、「ふむふむ、そういう分析ができるのね」と感心しつつ一気に読んだ。
埼玉論+埼玉ガイドとして、また埼玉愛を深める方法論としても読むことができる。一冊で3つの味を楽しめる本である。
埼玉県のこと、全然知らなかったんだな〜と気づかせてもらった。

著者の鷺谷政明さんは1979年生まれ、埼玉県上尾市出身。
イベントプランニング会社勤務や音楽・映像制作会社勤務を経て独立。2013年にギタリストとして参画しているロックバンド『6才児』で動画『そうだ埼玉』を制作。2014年からWebサイト「そうだ埼玉.com」を展開し、今や月間30万PVを越えるというメディアに成長させている。
埼玉県の企業や自治体の広告・PRコンテンツの企画・制作を請け負うクリエイティヴ・エージェンシー天下茶夜代表としても活躍中らしい。

ディスられても平気になった若者たち

タイトルにある「ディスる」とは、相手を否定したり侮辱したりすること。「ディスリスペクト=disrespect」の略語である。
あ、みなさん知ってましたかね? 
若い人たちの間では、すでに市民権を得たキーワードだ。

私は60年代生まれで、流行り言葉を率先して使うことはあまりなく、「ディスる」も文脈から意味は理解していてはいたけれど、「ディスリスペクト=disrespect」の略語だということは今回調べて知った。

そして、この本のタイトルによって私は初めて「埼玉県民だけがディスられても平気」だという現実を知った。

著者がその論拠の一つとして冒頭で示すのは、ブランド総合研究所が実施する『都道府県出身者による郷土愛ランキング』で、埼玉県の愛着度ランキングが2015年、2016年と最下位だったことだ。
「埼玉県は、日本一自分の県を『好きです(愛着があります)』と言わない県ということです。」

加えて著者曰く、
「1980年代に若者だった世代(現在50~60代)の埼玉県民に取材して共通しているのは、“東京に遊びに出かけてるときは、埼玉県民であることをちょっと隠していた”ということ。」
代々木公園で踊っていた竹の子族も、ディスコで踊っていたワンレン・ボディコンも、バブル期に夜の東京でハメを外していたのも、多くは埼玉県民だったと著者は指摘する。そんな「埼玉都民」が、「ダサイタマ」と揶揄される根元だったと解説する。

一方、1979年生まれの著者を含む若い世代は、幼少期から「ダサイタマ」と呼ばれることがすでにデフォルトになって内包されている。だから揶揄されようとも、あえて埼玉県民であることを隠すことなく達観していられるのだという。

「ダサイタマ」が恥ずかしく感じられていた80年代とは異なり、いまや電車や高速道路の便も格段に良くなり、ブランド品だって都心に行かなくてもインターネットで簡単に買うことができる。都心に出るのに少し時間がかかるとはいえ、広々していて家賃も割安で、ショッピングモールも多いし、海こそないが近県の海や温泉にも行きやすい。
そんな住みやすさや便利さを享受しているからこそ、かねてから埼玉県民がディスられてきたという現実を踏まえて「埼玉県が好きです、愛着があります」と声高に言ったりはしないものの、さりとてディスられても動じないのだと著者は分析する。

埼玉県民としての私は、どうなんだろう?

私はといえば、埼玉県所沢市に70年代末に父が家を建て、小学5年から大学を卒業するまでの10年間住んでいた。
つまり、「ダサイタマ」という言葉が生まれた1980年代に、まさに埼玉県で若者だった世代(現在50代)である。

当時、「ダサイタマ」と面と向かって揶揄されたことがあったか、言われて嫌だったことがあったかどうかは残念ながら覚えていないのだが、埼玉県がすでに「ダサイタマ」と呼ばれていた記憶はある。

いずれにしても、私は高校・大学は都内の私立校に通い、睡眠・朝食・夕食・お風呂の時間以外のほとんどを東京で過ごしていた代表的な「埼玉都民」で、埼玉県民・所沢市民の意識は極端に希薄だった。
しかも父母の出身地ではなく親戚も誰一人いないので、故郷感を全く感じない。
転勤族だった父が札幌市→横浜市→杉並区→札幌市→武蔵野市を経て、ニュータウンとして開発された宅地に家を建てたのを機に住むことになった埼玉県所沢市。当時から父母が愛着を持っていた様子はなく、いまは札幌在住で、埼玉を所沢をとりわけ懐かしむこともない。

そんな生い立ちのせいか、『なぜ埼玉県民だけがディスられても平気なのか?』は面白く読んだが、当事者意識が驚くほど湧いてこなかった。昨年2018年3月から再び埼玉県民、所沢市民に戻っているにもかかわらず。

80年代に若者だった立場で「ディスられると嫌」という気分になることもなければ、著者世代のように達観しているわけでもない。
埼玉県民意識が希薄なまま、ただ住んでるだけの宙ぶらりんだ。

とはいえ、それで満足しているわけでは決してない。
「埼玉に、所沢に、愛着があるか?」と聞かれて迷いなく胸を張って「はい」と答えることができない気持ちの割り切れなさに、モヤモヤとはしている。
だから、著者が埼玉のメディアづくりをとおして愛着を深めていった様子を読むにつけ、私も地元で何か探ってみたくなってムズムズしてきた。

思えば『井の頭公園*まるごとガイドブック』を制作することで、三鷹への愛着は確実に深まったではないか。さらにその前に住んでいた東京都世田谷区でも、その前に住んでいたフランスのパリでも、何かしら地元メディアに関わっていたじゃないか、私は。

さて、まずは何から始めようか?
ボチボチ、楽しそうなことを探してみようと思う。
縁あって住んでいる地域だもの。