うちの軒下で、襲撃事件!!……そして誰もいなくなった

日々の楽しみ

それは7月9日の午前中のことだった。

私は家のあちこちの窓に、すだれを設置していた。
6月末に突然の猛暑が訪れ、室内の温度上昇をできるだけ抑えるために付けねば付けねばと焦りはすれど、あまりの激しい陽射しに及び腰になっていたのだが、「いざ!」と思い定めて決行したのだった。

寝室の窓に付け、書斎の窓、リビングの窓、そして現在ほぼ物置と化している二階の一室の窓にも付けようとして遮光カーテンを開けたらビックリ!
なんと、雨戸のレール上部に、ハチの巣がぶらさがっているではないか!
しかも複数のハチが、せわしなく動き回っているみたい!!
えーっ!? 何これ、どうしよう?

思えば、このカーテンは長きにわたって閉じたままだった。
なにしろ、物置と化した部屋のことである。ベランダに面した掃き出し窓は洗濯物を干したり取り入れたりでいつも開け閉めしているが、屋根に向かったその腰高窓は開閉する機会がほとんどない。最後に開けたのはいつだったかしらん?と思い返すがもちろん定かではなく、軒下にいつから店子が住み着いていたかは知るすべもない。

しかし私にとっての最大の問題は、「いつからそこにいる?」ではなく、このシチュエーションが危険かどうかである。

そのままにしていいの? 撤去したほうがいいの? 撤去するとしたらどうやって?……恥ずかしながらワタクシ、わかりません。
スズメバチだったらどうする? 危なくね? スズメバチって大きいらしいけど、どのくらいなんだろ? このハチ、充分大きくね?
頭の中では「?」がグルグルしてるけど、ハチについては全く知識がない。困った困った!
さて、どうする?

瞬時に思い浮かんだのは、友人の河合嗣生さん。毎日毎日、いろんな虫や虫の部位の写真と観察記録をSNSに投稿している虫博士だ。
そうだそうだ、聞けばきっと教えてくれるに違いない!

というわけで、さっそく恐る恐る網戸越しに写真を撮り、メッセンジャーで送りつけさせてもらった。「巣は直径5〜6cmくらい、ハチは2〜3cmくらい? そのままにしておくと危険でしょうか?」という質問も添えて。

おいおい、焦点が網戸に合っちゃってるじゃないの!

↑↑↑ 焦点が巣に合ってなくて、しかも逆光で漠っとしたこんな写真にもかかわらず、即レスが届いた。
「アシナガバチですね(詳しい種はわかりません)。そのままにしておいても大丈夫です。ちょっかいを出さなければ、アシナガバチから向かって来る事はありません。毎日見てると彼らも慣れるようです」

おおお〜! 怖い種類のハチじゃないのね、よかったよかった。

それにしても、ハチの姿が明瞭ではないこんな漠っとした写真なのに、どうしてアシナガバチだとわかるのか?
質問すると、「巣の形で分かります」とのこと。
ほぉ〜、すごい、すごすぎる、虫博士!

「ちょっかいを出さなければ大丈夫」と知った私は、網戸を開けるのが「ちょっかい」の範疇かどうか判断がつきかねたものの、屁っ放り腰でソーッとソーッと静か〜に網戸を滑らせ、ダイレクトに写真を撮ることに成功した。イエ〜イ!

巣の形も、全身の黒と黄色の模様もシャープ!

印象的な巣の形状、そして、黒と黄色のシャープな幾何学模様のハチの姿形。いや〜、自然の造形とはなんと美しい。

逆光だし、チビの私から40cmほど距離があるし、近眼だし、肉眼ではよく見えなかったけれど、スマホのカメラのズームで撮った写真の画面をピンチアウトして拡大して見て、その不思議な美しさに心を鷲づかみにされてしまった。
半世紀以上も生きてきて、初のアシナガバチさんとの感動的な遭遇であった。

この写真も虫博士に送ったところ、「キアシナガバチですね」という返事が送られてきた。
さらに、そこにいるのは「基本的にお母さんと娘さんたち」であること、巣はこれから大きくなり、娘さんたちも30姉妹ほどに増えるetc.との追加情報が送られてきた。巣の奥には、卵もあるという。

「日々の楽しみが増えましたね。毎日見てるとかわいいですよ」という虫博士の一言に、いやもう私はほんと、これからの日々の楽しみを予感して心を躍らせた。
計らずも大家さんになっていたことに気づいたときはビックリしたが、こんな素敵な店子一家の成長を見守れるとは、なんという果報。いったいこの複雑な形の巣がどうやって大きくなっていくのか? お母さんと娘さんたちはどんな行動をとっていくのか? ……期待は膨らみ、ワクワクドキドキ♪

さっそく姉に、うちの店子に関する情報を伝え、仕入れたばかりの知識をひけらかしたのだったが、「よかったね〜、夏の自由研究の課題が見つかって」と、まるで小学生の子どもに対するような反応であった。ふん、つまんない。でも、そもそも虫には興味がない人なのだ。ま、いいか。

というわけで、思いがけず自由研究課題を与えられてしまった私だったが、研究だけに没頭できる環境にいるわけではない。
認知症の91歳の父も同居していて何かとかまってほしがるし、畑の収穫も家事も目白押しで、物置と化した部屋に入り浸って観察三昧してはいられない。もちろん二階に上がるたびに、長い脚や羽をこまめに忙しく動かす様子を観察しては、「また見にくるね〜」と心のなかで挨拶してはいましたが。

そして翌日の7月10日。
午前中はまったく変わった様子はなく、昼頃に写真を撮ってみると、何やら白いフワフワが飛び出ている穴がひとつ。
蛹が羽化したのだろうか?

しかし、この日も私はやることいっぱい。参議院選挙の投票もあったし、畑の大家様から連絡が入って大量のトウモロコシを分けていただいて剥いたり茹でたり、その他諸々。
で、「アシナガバチさんたち、どうしてるかな?」とあらためて見に行ったときは、16時40分を過ぎていた。

遮光カーテンを開けて、すっかりお馴染みになった場所に目を向けた私は、ギョッとして固まってしまった。激しく照りつける西日に目を射抜かれた痛みもあったが、そこで繰り広げられていた光景に心臓がギューっと締め付けられ、次の瞬間、動悸がバクバクと激しくなった。

なんとなんと、大きな大きなハチが巣に逆さづかまりになって、穴から引っ張り出した幼虫らしきものを食べているようなのだ! タラリと何か粘った液体が落ちるのも目撃してしまった。
ああ、なんてこと! まさかまさか、天敵のスズメバチにうちの子たちが襲撃されるなんて!

スズメバチは、大きかった。
長さはアシナガバチの1.5〜2倍ほど? 太さは4〜5倍はありそうだ。
初めてアシナガバチを見たときに「スズメバチかも?」と疑った私の無知さをあざ笑うかのように、それは圧倒的に大きかった、太かった。見た瞬間、「スズメバチだ!」と今度はわかった。
わかったけど、というか、わかったからこそ、私が追い払うことなどできない。怖い。

動揺を抑えてよく見ると、巣の右上に、じっと動かずに止まっているアシナガバチが一匹。たいそう怖いだろうに、巣を守っているのだろうか。それとも、突然の襲撃にあって身動きできず固まってしまったのだろうか。その健気さを前に、無力な私は「がんばれ!がんばれ!」と心の中でエールを送ることしかできなかった。

小心者の私は、獰猛なスズメバチの襲撃場面に耐えかねて場を外し(それからどうなったのかちゃんと観察すればよかったのに……と今は思うのだが)、虫博士に報告メッセージを送った。

「昨日の今日ですからね」と虫博士は私の動揺に理解を示しつつも、「スズメバチも子育てに懸命ですよ」と、私をハッとさせてくれた。
そうなのだ、自然界とはそういうものだ。

つい前日にその存在に気付き、すっかり保護者気分になってしまっていた私はアシナガバチに強く肩入れし、スズメバチを不法侵入者として敵対視してしまったが、そんな私の視点はめちゃくちゃ甘い。
アシナガバチにしたって、生きたアオムシを食いちぎり、それを団子状にして子どもたちに与えるのである。もし、アオムシに食らいついている現場に遭遇したら、私はアシナガバチにこれほどの親近感を抱いていられるだろうか?

甘い感傷にひきづられてばかりいたら、虫の観察などできない。ああ、なんてシビアな世界だ。

天敵が去った後、羽を震わせて巣を点検?するスズメバチ

15分ほど経って恐る恐る覗くと、すでにスズメバチは去っていた。
アシナガバチが一匹、目視できないほどのスピードで羽を震わせていた。羽を震わせることで、スズメバチの襲撃の痕を清めているかのように私には見えたが、いったい何をしていたのだろうか?

そして夜になって見てみると、巣には誰もいなくなっていた。
ああ、やっぱりもう戻ってこないんだな。
そりゃ、スズメバチに一度襲撃されたら、いつまた狙われるかわからない。こんな見通しの良い場所に巣づくりしてしまったのが致命的だったのだろう。

心にぽっかりと穴があいたように寂しくなった。

翌朝見ると、1つの穴に幼虫が頭をふりふりしているのが見えた。これからマユづくりにかかるのだろうか。だけど、お母さんバチが肉団子を運んできてくれなかったら生きていけないだろう。ああ、不憫だ……と心が深々と寂しくなっていたのだったが、夕方、ふと見ると、お母さんバチだろうか1匹訪れていて、ひとつひとつの穴を確認しているみたいに頭をつっこんでは出し、つっこんでは出し、忙しそうにしていた。やはり羽をときどき超高速で震わせながら。

戻ってきてくれたら嬉しいけど、でもやっぱりそれは無謀じゃないか?
スズメバチは、きっとまた襲撃してくるだろう。
……どうするんだろう?

でも、15分ほど経ってからまた見に行くともう姿はなく、夜になっても、翌日もまたその翌日も、そのまた翌日も、その後も、アシナガバチの姿は見えないままだ。頭をふりふりしていた幼虫も、もう姿を見せない。

いまも軒下に、ポツンと巣が残っている。
手に取って観察してみたいけれど、それでもまだ戻ってくるかもしれない気がして、そのままにしてある。

どこか安全な場所に引っ越して、また巣づくりしているのかな。
お母さんと娘たちは一緒に引っ越したのかな。
最後に来たとき、卵と幼虫も連れていったのかな。
……謎がいっぱい。
店子の「その後」を追える魔法のビデオカメラがあったらいいのにな。

「七転び、ハチ起き」とは、虫博士の言。
きっと、どこかで粘り強く生きていることを願う。

アシナガバチさん、またどこかで会いたいよ。

空き家になったままの巣は、なんだか寂しい
観察のおともに本も借りてきていたのだが・・・