夜中に山奥へ。母と父の不思議なランデブー

日々の楽しみ

気づけばもう2月終盤に差し掛かろうとしている。
いい香りを漂わせていたロウバイはそろそろ終わりかけ、代わって、あちこちの庭や公園に白いのや紅いのやら梅の花が愛らしくどんどん咲いている。

年が明けて2026年の抱負を言葉にしようと思っていた矢先に、首相が突然の身勝手解散、そして総選挙という暴挙に出た。慌ただしい選挙戦に雪崩こみ、大津波に襲われたかのごとく荒涼とした選挙結果に呆然としつつ、積もりに積もった仕事や確定申告をやっつけたところです。
いまだ今年の抱負は明確にできないまま、次から次へとタスクが降ってくる。どうしましょう、トホホ。でもどうにかなるさ。朗らかに、ユーモアを忘れずに生きていきたいと思います。
このブログを読んでくださっているみなさんは、2026年はじめの2ヶ月をどんなふうに過ごされたでしょうか。

さて、吹っ飛んでしまった私の1ヶ月を返してくれ!と首相官邸に向かって叫びたいところですが、それよりもホッコリできる話題にしよう。
というわけで、今となってはだいぶ前になってしまった、不思議な不思議なお話をば。

それは、12月9日の夜のこと。
真夜中も近い11時過ぎという遅い時間に、高齢者施設にいる母からの着信が私のスマホに6回もあった。着信のたびにこちらはちゃんと取るのだけれど、向こうで携帯電話を触っているらしき音はするものの母の声はせず話せない。大きな声で、「ママ、どうしたの?」と繰り返しても返事がない。
困ったなぁと思っていたら、隣室から姉の声がする。お、姉とは話せたんだなとちょっと安心していたら、通話を終えた姉が私の部屋にやってきた。

「ママが『奥多摩に拉致された。迎えに来て!』って言うのよ。で、『それはないと思うよ。ベッドにいるんでしょ?』と伝えても、『山奥に一人でいるから迎えに来て』の一点張り。そうこうするうちに、物音に気づいて見に来てくれた職員さんが電話に出て、『パッチリ目が開いて起きてしまったようですけれど、眠ってもらいましょう』と言ってくれた」とのこと。
顔を見合わせて「奥多摩ねぇ」「山奥ねぇ」と私たちは苦笑い。とんだ夢を見たものだ。夜中に山奥に一人置いてけぼりにされた夢はさぞ怖いだろうが、いやはや。

翌日、姉と二人で面会に行き、「昨日の夜、『助けに来て』って電話くれたの覚えてる?」と聞くと、「そうよ、あんな山に登っちゃって。だから迎えに来てって電話したの」と。ベッドにいるのに山奥にいると言い張ったそのまま、山奥にいたのが現実だったと認識している口ぶりだ。母も、認知症らしき言動が最近とみに多くなってきた。ちなみに母は、4年前から自立して歩くことはできないし、ベッドから一人で起き上がることもできない。

いつものようにスタッフさんに頼んで母をベッドから車椅子に移乗させてもらい、父のいる2階に連れて行く。
父のユニットの入口脇にあるナースステーションに馴染みの看護師さんがいらしたので昨夜の顛末を話していたら、母が「そうよ、パパが山の中に会い来てくれたんだから」と、新エピソードをご披露するではないか。
「え?パパも一緒だったの?」と聞くと「そうよ」と楚々と答える母。

ここまでくると、まぁ、否定しない方がよかろうというのが認知症対応の基本だ。「そうだったのね、パパが会いに来てくれたのね。それはよかったね」と話に区切りをつけた。
それからユニットのリビングに入っていくと、父はテーブル席でいつものようにうつらうつら居眠りをしていた。「眠れる森の爺さん」と私たちは呼んでいるのだが、父はほんとうによく眠る。施設に入る前、自宅でもよく眠る父ではあったのだが、眠りたいときに眠れるのは幸せなことだと思う。

担当のスタッフさんに挨拶をして、また昨夜の顛末を話すと、彼は不思議そうな顔をして言うのだった。
「実は今朝、お父様が起きられたときに『妻を山に置いてきてしまったかもしれない』とおっしゃっていたんですよ」と。

思わず、そこに居合わせた者同士、顔を見合わせた。
えっ? ほんとに山奥でランデブーしてたとか……?

不思議な話があるものです。