91歳の父を札幌から連れてきて、もうすぐ4ヶ月。
日々、ともに暮らすにあたって試行錯誤していることがいろいろある。なかでも父を清潔に保つことに、私はかなりの力を注いできた。だって、臭かったり汚かったりすると近づくのも話すのも嫌になってしまうじゃないですか。
手間はかかっても、すくなくとも清潔であれば日常生活が円滑に送れる。親子関係も良好に保てるというものだ。
実は、数年前から定期的に父母の家を訪れるようになって、滞在中は父の歯磨きをしばしば引き受けるようにしていた。というのも、あるとき父と話すのがおっくうになってしまい、その原因を考えるに、話が堂々巡りしがちなこともあるけれど、それよりも口臭が嫌だったことに気づいたからだ。
とはいえ「口、臭いよ」と直接指摘するのはいかがなものかと思った。で、どうしようか考えながら気をつけて見ていたら、そもそも就寝前すら歯磨きをしないときがあるのが分かった。要は、めんどくさいのだ。促して自分で磨いたとて、口臭が防げるほどにきれいにできるか分からない。かなりボケていて、コップに水を入れて、歯ブラシを洗って、コップの水を流して終わりっていう場面も目撃してしまった。
そこで「歯磨きしてあげよっか?」と提案してみると、はじめは遠慮したものの、一度やってみると本人もすっきりしたようで「どうだ、ピカピカになっただろ?」なんて母に自慢するようになった。
年をとると歯茎が後退し、どうしても歯の間に食べたものが詰まりやすくなる。だけど手先が思うように動かなくなるので、丁寧なデンタルケアはできない。というか父の場合はもともと不器用で、ただひたすら歯ブラシをガシガシと左右に動かすだけだった。もちろん歯間ブラシやデンタルフロスなど使わない。しかもときどきしか歯磨きしなければ、口臭が悪くなるのも致し方ない。それなのに自分の歯が全部残っていて、しっかりご飯が食べられているのだから驚きだ。戦中戦後の子ども時代、甘いものが食べられなかったおかげかもしれない。
さて、そんなわけで8月に母が骨折で入院し、父と一緒に暮らすようになってからは、家にいるときはほぼ毎食後、父のデンタルケアを続けてきた。
そこまで私が熱心に手間と時間を費やしてきた理由は、口臭だけではない。食後にチェッチェッ、パッコンパッコンと妙な騒音を立てながら父は舌打ちで歯に詰まったものを取ろうとする。その音に耐えかねたからだ。なんでしょうね、舌打ちって、ほんと嫌な気持ちにさせられる。しかも、やめてと言えば、さらに大きな音を立てやがるのだ、いじわるじいさんは。
そのまま放置していたら、いつしか私の中にメラメラと殺意が芽生えかねなかった。「57歳の娘が91歳の父親を殺害。原因は、舌打ち」なんて週刊誌ネタに発展したら大変だ。
で、歯ブラシのみならず、歯間ブラシ、デンタルフロスも駆使して詰まった食べかすをせっせと掻き出すことに毎度10分ほど費やすのが習慣になった。はじめは、そうはいっても汚いなぁと思わなくもなかったけれど、いつしか、やりがいを感じないわけでもなくなってきた。もともと細い作業は嫌いじゃないし、プチ達成感も得られる。しかし毎度毎度あまりに時間がかかるので、ついに歯科に連れていって左奥歯2本の間をセメントで埋めるという応急処置をしてもらい、いまは5分ほどで終えられるようになった。やれやれだけど、すべては平和を守るため。
聞いたところでは、高齢者の身体感覚を疑似体験する装具や特殊眼鏡を付けると、どれほど身体が思うように動かせなくなるか実感できるそうだが、父を見ているだけで、そのだるさ、しんどさは想像に難くない。
だから、何をするのもめんどくさいのは仕方ないと思う。お風呂に入るのも、ヒゲを剃るのも歯を磨くのも、よっこらしょ。この服何日続けて着てたかなんてわかんない。目がよく見えないから、鼻毛や耳毛も伸びっぱなし。放っておいたら、数日で目も当てられない状態になりかねない。
ほんとに身体がだるくて疲れてしまうからだろうけど、ややもすると寡黙になる。外見は、ただの不機嫌。ご飯を食べてるときに、その重苦しい空気を変えようとして姉が「おいしいね」と声をかけても、ブスッとしたまま「たいしておいしくない、まあまあだ」なんて言ったりするものだから、料理した手前、こちらは「何様?」とカッとなる。またまた殺意が芽生える危機到来、くわばらくわばら。
さらに、おそらく感覚が靄っていて周囲で何が起こってるのか瞬時に理解できないのだろうけど、人に何か手伝ってもらってもそれを自覚できないことがままある。ここで「ありがとう」の一言があれば和むのにという場面で、それがない。
だるい、しんどい、めんどくさい、ボケてる、というのを分かっちゃいても、こちらも生身の人間だ。
で、やはり大事なのは香りかな、と思うに至ったワタクシ。
というのも、イラッ、カツン、ムッとしたときに、私の好きじゃないポマードだのアフターシェービングクリームだのの匂いがすると、さらに危険な心理に傾くことに気づいたからだ。
元来、男性化粧品類の匂いが嫌いだ。それ系の匂いがしてくると、ウッと息が詰まってしまう、その人を嫌いになりそうになる、その場から立ち去りたくなる。父が使っているのは無香料のものを選んでいるのだが、それでもダメだと気がついた。
そこで昨日、久々に都心まで出かけたついでに池袋Loftで自然派のアイテムをあれこれ手に入れてきた。乾燥が厳しくなってから、あちこちポリポリ掻いて見苦しいのも気になっていたので、保湿用のオイルやローション、頭髪ケア用トニックなど。
これらを使えば、塗ってあげるのも楽しくなるし、何かとイラッ、カツン、ムッとしてもそれらの植物性のいい香りが漂ってくれば私の心は平穏を保てる、のではないかな。
それに万が一、父の肌や好みに合わなくても私たちが使えばいいしね。
すべては、父のためというより自分のため。
あれこれ工夫するのは楽しい。
さて、いい香り作戦はいかに? またの機会にご報告できればと思ってます。