乗り気ではなかったデイケア通い。意外なことに、父の行く気を盛り上げたのは○○○○だった!

日々の楽しみ

母はもうすぐ81歳で要介護1、父は先日90歳になって要支援2。
母は右半身付随で、父はちょっとボケ気味だけど、二人ともこれまで介護施設でのデイサービスもデイケアも利用してこなかった。

ケアマネさんから「入浴やリハビリなどの面を考ると、利用したらといいと思いますよ」と折々に勧められていたので、昨年夏に私が札幌の父母の家に滞在していたあいだに2つの施設のお試しに同行したのだが、その時点では、やはり二人とも「行きたくない」という結論であった。
まあ、家が一番居心地がいいし、出かけるのは疲れるのかなぁとそのままになっていた。

ところが状況は変わった。
自宅のリビングが33度を超えるような暑さが続いていた札幌で、母は今年8月7日に熱中症で意識を失った。一ヶ月の入院後に母は、老人保健施設に入所してリハビリ生活を送ることになり、少なくとも数ヶ月は父が独居生活を余儀なくされるという事態になったのである。

昨年よりも、身体機能も認知機能も弱りつつある90歳の父のことである。
食事や入浴などのデイサービスや、運動機能のリハビリをするデイケアを受けるために施設に通えば、昼食やお風呂や運動不足を心配をせずにいられる日ができる。父には便利だろうし、何より私たち家族も安心していられる。

というわけで、8月中旬から9月中旬まで札幌に滞在した私は、母の施設選びや入所手続きと並行して、父の施設通いの段取りを進めることになった。

今年は札幌でもはんぱなく暑い日が多く、母の入院後も30度を超える日が続いていた。
私がサポートに行くまでの1週間、近所に住む妹が父をクーラーのない自宅に放っておけないからと、クーラーの付いている彼女の家に父を避難させてくれたり、近所のデイサービス施設に問い合わせて急遽お試しで1日を過ごせるように計らってくれたりしたのだが、本人はいたって無頓着で「俺は暑くても平気だ。家でいい」と言い続けていた。

そして私が札幌に到着してから「デイサービスのお試しは、どうだった?」と聞くと、「レベルが低い」と素っ気ない答えが返ってきた。

はぁ〜?何、その上から目線は?…と呆れたくなる気持ちをグッと抑え、まずは具体的な様子を聞いてみなければと気を取り直し、「お風呂はどんなだった?」「食事は何が出た?」と尋ねても、「さあ、どうだったかなぁ・・・」。
とんと覚えていないのである。
覚えてないくせに上から目線…こちらの内心は、ますます「はぁ〜?」である。

母の不在が長びきそうだとわかってからも、父は「行きたくない」の一点張りだった。なんでそんなに嫌がるのかねー、と頭が痛くなった。
とはいえ、首に紐をつけて連れていくわけにはいかないので、「大きいお風呂は気持ちいいよね」「リハビリしたら腰痛が治るかもよ」「自分でご飯を用意しなくていいって楽じゃない?」「送り迎えつきでドライブもできて気分転換によさそうよね」etc.・・・と、思いつくかぎりのメリットをあげてみた。

でも、父は「自分のペースで家にいたい」「そこらへん散歩すれば運動は十分だ」「自分で食べたいものを買ってきて食べればいい」と微塵も心を動かされるそぶりを見せないのだった。

そんなある日、昨年私が編集して少部数印刷した父のエッセイ集を送ったお返しにと、母の友人からお菓子が届いた。
お礼と近況報告のために電話をすると、「次作を楽しみにしているってお父様にお伝えしてね」と言われた。もちろん社交辞令だとわかっているがそのまま父に伝えると、「そうかそうか」と鼻の下を伸ばし、「次は、人生200年時代についてのテーマがいいと思っているんだ」とのたまう。

かねてから父は「人生100年時代と騒がれているが、俺は人生200年時代という持論があるんだ」と度々口にしているのだが、いっこうに筆をとる気配はない。
私には何が持論なのかさっぱりわからないので、「それより三高時代の思い出話のほうが断然面白いと思うよ」と相手にしていなかったのだが、このときばかりは、これはいいフックになりそうだと思って持ちかけてみた。

「人生200年時代をテーマにするなら、やっぱり老後の過ごし方の話題は欠かせないよね。大切なのはなんだろう? 食事、運動、頭を使う・・・かしらねぇ」

最後の「食事、運動、頭を使う」は、父がこの10年ほどいつも繰り返して論じていることである。
父は「そうだ、その3つだ。俺がいつも言ってる通りだ」と鼻をうごめかす。

かかりつけ医がその3つが大切だと父に示して以来、毎朝野菜を欠かさず食べ、毎週1回和牛ステーキを食べ、70代のあいだは市民スポーツセンターに定期的に通い、80代になってもできるだけ毎日散歩をして、毎週1回は近所の碁会で頭を使ってきたのである。
その成果として、90歳までそこそこ健康でいられたという自負が父にはある。
しめしめ、大好きな話題に乗ってきたぞ。

で、言ってみる。
「思うに、デイケアはその3つを提供する場でもあるんだよね。高齢者ができるだけ元気でいられるように何をしたらいいか、ある意味、社会実験みたいなものじゃないかな。 だからさ、人生200年時代について考察を深めたいなら、実際の介護サービスをリサーチしてみるのが大切だと思うよ」

「たしかに、そうかもしれんな」と父。「だけど、金がかかる」

「そりゃお金はかかるけど、すでに長年高額の介護保険を払ってきたんだよ。実際に使うときは1割〜3割だけの負担なんだから、大した金額じゃないよ。むしろ、使わなきゃ損だよ。すでに投資はしているんだから」と追い打ちをかけると、「まあ、そうかもしれないな」と父。
なんとなく納得した感があった。

数日後、散歩の道すがら、近所にあるリハビリ特化型のミニ・スポーツジムのようなデイケア施設を一緒にのぞいてみると、3〜4種類のトレーニング・マシンが並び、奥には施術ベッドがあってストレッチ・マッサージもしてくれるという。
足がふらついて市民スポーツセンターに通わなくなって何年も経つが、父はトレーニング・マシンに興味津々である。しかもコロナ感染予防で、ときどき通っていた整形外科のマッサージからも足が遠のいているから、施術ベッドの魅力も大きかったのだろう。

「お試し、やってみる?」と誘ってみると、「やってみるか」と乗り気になった。

ケアマネさんにも連絡してアポをとって実際に行ってみると、付き添った私もやってみたくなったほど充実していた。

体の歪みをチェック
柔軟性をチェック
マシンもひととおりお試し
ほんのちょっとやってみるだけだけど

軽快なバックミュージックが流れていて、5〜6人並んでバーにつかまってステップを踏んだり足をあげたりするエクササイズもやっていて、そこで運動している人がすべて高齢者であることを除けば、雰囲気はまるで一般のスポーツジムのようだった。
こうして適度な筋トレを続ければ、高齢者の寝たきり率は低くなりそうだ。
いやいや、まじ、良さそう。

ミニバスで送ってもらって帰宅すると、父は「疲れた」と一言、ゴロッと横になって寝てしまったが、昼寝から起きると「お、なんだか腰痛がなくなった気がするぞ」とすっきりした様子だった。

ただし問題は、このリハビリ特化型の施設では昼食や入浴のデイサービスは提供していないことだった。
ケアマネさん曰く、「Hさん(←父の名前)には、去年一度お試しされたE(←施設名)がいいと思うんですよね」。
「利用者さんに元気な方が多いので、Hさんにもお友達ができるんじゃないかと思うんですよね」とも言う。

アラサー年頃のケアマネさんに、彼女の癖であるちょっと舌足らずな可愛らしい発音でそう言われてみると、「お友達ができる」が、なんだかキラキラ輝いて聞こえて、思いがけず私の胸はときめいた。
そんなこと、考えてもいなかった。
デイケアで、できたらいいな、お友達 ♪

ケアマネさんがお勧めのEという施設は160名定員で、かなり大きめの施設である。昼食は広々としたダイニングで提供され、デザートや飲み物もいろいろ選べるようになっていた。リハビリ用のトレーニング・マシンも、ストレッチ・マッサージの施術ベッドもあり、マッサージチェアのコーナーやカラオケルームもある。去年付き添ったときは食事中にピアノの生演奏も入っていて、ちょっとした娯楽施設のような雰囲気に、私のデイサービス・デイケアのイメージはいい意味で壊されていた(何しろ私がイメージしていたのは、高齢者が折り紙をおったり輪投げをしたり童謡を歌っているようなものだったから)。

父に「ケアマネさんが、パパにはEがいいんじゃないかって勧めてるよ」と伝えると、意外なことに「ああ、カラオケがあるところだな」と言う。
えっ?覚えてるんだ。
最近のことは簡単に忘れてしまう父にしては一年前のお試しの記憶が残っているだけでもびっくりだったが、カラオケへの好意的な反応も私には意外だった。去年お試しで行ったときに父母とカラオケルームにも入ったのだが、母が音がうるさいと言い、二人とも歌わずに立ち去ったからだ。
でも、父はほんとは歌いたかったのかも!?

以後、夕食後はYouTubeで父の好きな曲を流して歌わせて気分を盛り上げて「カラオケがあるからEに行ってみる?」とけしかけつつ、裏ではさっさとケアマネさんに父がEに通えるように話を進めてもらった。何しろ、手続きには日数がかかる。私が所沢の自宅に帰宅してしまう前に段取りをつけ、できれば1〜2度は通って準備のやり方や父の反応も確かめておきたかったからだ。

そうして迎えた1日目。
帰ってきた父は、
「いや〜、風呂が気持ちよかったぞ。三助みたいな人がいて(←おいおい笑)背中は流してくれるし頭も洗ってくれるし、いいもんだったよ」
「カラオケで3曲歌ったけど、みんなが拍手喝采してくれたよ(←それ、マナーですから笑)」
と、超ご機嫌だった。

しかも粋な計らいで、食事のテーブルでは104歳の男性と同席だったという。弓道9段の腕前で、最近はさすがに弓は持てなくなったというが、かくしゃくとした人だったそうだ。「お友達」とは言えないだろうが、人生200年時代に向かっていく先輩との出会いはいい刺激になったみたいだ。

こうして父は現在、木曜と日曜、Eに通っている。

朝8時半から9時のあいだのお迎えなので、7時すぎに電話をすると「もう起きてるぞ。朝飯食べてるよ」とちゃんと早起きしている。えらいじゃないか。
9時頃に「いま、迎えのバスに乗ったぞ」と電話もしてくれる。気がきくじゃないか。

一昨日は、「昼飯が終わったところだ。帰りは何時だったかな?」と電話がかかってきた。きっと手持ち無沙汰だったのだろう。
「お昼ご飯は何だった?」と聞くと、「さあ、いろいろ食べたが、なんだったかなぁ」と、相変わらずおぼつかない。
父は食にはそれほど関心がないのかもしれないが、人生200年時代のリサーチはどうなっちゃったのかな。タイミングをみて、ハッパをかけなくては。笑