読みながら、「あー、あったあった、こういうこと!」と父を在宅介護していた日々の珍事の数々が脳裏に蘇り、思わず何度も声をあげて笑ってしまった。介護している人にも、終わった人にも、これからの人にもおすすめしたい傑作です。
ノンフィクション作家である著者が、母に先立たれた父が亡くなるまでの日々を綴った『おやじはニーチェ 認知症の父と過ごした436日』( 高橋秀実 著/新潮社 2023年1月発行)。
母が亡くなっていきなり認知症の父を介護することになった著者が、物事をすぐに忘れたり、いつも無くし物を探している父とともに過ごしながら、「忘れるとは」「『ある』『ない』とは」etc.……などといちいち哲学的な問いを立て、古今東西の哲学者の言説や認知症に関する学説、言葉一つ一つの語源や意味づけを引き合いに出しながら考察を深めていくのだが、その自問自答の積み重ねの隙間から著者独特なユーモアが溢れ出る。
例えば、認知症の「忘れる」ことについて。
もし父に正確な記憶があったら、と考えるとぞっとする。これまで私が父にしてきたこと、過去の家出や数々の失言や暴言をすべて記憶していたら、介護どころではないだろう。何事もすっかり忘れてくれるから、昔から親孝行だったフリもできるし、介護も可能になる。(中略) 怒っても忘れるから仲直りできる。細かいことを忘れるから毎日がフレッシュな一日をスタートできるわけで、ニーチェの言葉を借りるなら「忘れるということは、なんとよいことだろう」(前出『ツァラトゥストラ』)と感謝したいくらいで、認知症でよかったような気もするのである。もしかすると父はニーチェなのかもしれない。「ニンチ」(認知症のこと)ではなく「ニーチェ」。ニーチェだと思えば、父への理解も深まるのではないだろうか。
とりわけ、我が意をえたりと膝を打ったのは、「家父長制型認知症」についての考察だ。こちらも引用させていただくと……
これは認知症というより長年の習慣だろう。母は毎日欠かさず三食を用意し、父に給仕していた。かれこれ60年にわたって続けてきた習慣で、父にとって食事とは「食べる」というより母の給仕を受けること。母の前に「座る」ことなのだ。
この習慣こそ認知症の原因ではないだろうか。家事を一切せず、外でお金を稼ぐだけで、あとはすべて母任せ。いわゆる家父長制が認知症を招いている。父はアルツハイマー型というより家父長制型認知症といえるのではないだろうか。(中略)
「暮らしの障害」「生活障害」を認知症と呼ぶそうで、そのまま当てはめると父の認知症は母の死によって発症した。家事を一切してこなかったからこのような事態を招いたわけで、その根本原因は明らかに家父長制なのである。
私自身も父を自宅で介護しながら、父は認知症だから一人で暮らせないのではあるけれど、そもそも家事を一切母に任せていたから母の骨折入院を機に発症したとも言えて、入浴や身支度もできなくなってきた進展もあったとはいえ、「家父長制」の実践の延長による症状・状況だという解釈はしていた。しかし、「家父長制型認知症」と命名するまでには至れていなかった。あっぱれだ。笑
著者は、「家父長制」を支えるべき男子が「主人」としていかに振る舞うべきかの教育が、認知症につながっているとも示唆している。
主人は家の棟(むなぎ)ともなるべきものなれば、極めて志を大になし、家の細事(こまかしきこと)には餘り氣に止めざるを宜(よし)とす
(『現代靑年少年百科辭典』靑年少年敎育會編 日本博文舘 大正14年)
主人の主人たるゆえんは、家の細かな事を気にとめないこと。まるで認知症に向けたトレーニングなのである。
強くうなずきすぎて首が外れるほどに同意だ。
それにしても、著者が描写する父の言動の詳細さに読みながら驚いた。いったいどうやって記録したのだろうと思っていたら、「あとがき」で種明かしされていた。
ある日、妻にこう言われました。
「メモしてないの?」
と。彼女に「お父さんはどう言っていたの?」と訊かれ、「相変わらず、わけのわかんないことを言ってた」と答えたところ、そう指摘されたのです。
それを機に、30年以上続けているインタビューのスタイルでノートを片手にメモするようになったというのである。なるほどだ。
妻のアドバイスの的確さは介護においても折々に発揮されている様子が本書に描かれていたが、そもそも、この本がこうして誕生したきっかけもソレであったのか。しかも、哲学考察に溺れる著者に、ある日、妻はこう指摘したという。
「存在とか言ってる場合じゃないでしょ」
哲学が日常生活からの逃避になり、目の前の現実への対処が疎かになる。そんな著者に的確な言葉を発せられる妻は、ほんと、すごい。私なら、言葉の代わりにペットボトルか何かを投げつけてしまいそうだ。
そんな妻に、著者は「あとがき」の末尾にこう記している。
そして原稿チェックはもちろん、介護と自己満足の違いを教えてくれた妻の栄美にも感謝を。あなたのおかげで父も母もしあわせでした。本当にありがとう。
著者は、2024年11月に62歳で胃がんでこの世を去ってしまった。
聡明な妻との絶妙なコラボの様子を、もう垣間見せてもらえないのが残念だ。
認知症の父親と、哲学的に付き合ってみたら
気になること
