酒田さんぽ日記② 山居倉庫〜本間家旧本邸〜日和山公園、そして男尊女卑のタクシードライバーの巻

あちこち散策

私にとって初の山形県酒田市への1泊2日の旅。

2日目の朝は、6時半に起きてホテル周辺の散歩からスタートした。

曇り空、歩いても汗をかかない程度の気温。
おいしく朝ごはんをいただくために、歩くのだ👍

その日は7月1日(火)、平日なのに駅周辺を歩いている人はほとんど見かけず。地方都市ではみんな自家用車出勤で、駅は使わないのかな。いや、通勤には早すぎるのかな。私の地元、東京近郊の所沢なら通勤・通学ですでに駅周辺も混んでくる時間だが。謎。
とりあえず、昨日自転車で横を通った八雲神社を目指す。駅から300mほどにある神社で、境内には「茅の輪」が設置されていた。夏場の健康を祈願して8の字を描くようにくぐると良いらしいが、一人ではね、やる気になれず省略。

「みな月のなごしの祓する人は 千歳の命のぶと云ふなり」

ホテルに戻る道すがら八雲神社のある二車線の広い通りから赤い鳥居がチラリと見えたので脇道に入り、鷹町稲荷神社にも寄ってみた。向かい側(写真を撮ったときの私の後方)には、数件のスナックの寂れた看板が並んでいたが、夜は営業してるのかな……それはさておき、鷹町稲荷神社である。

鳥居、灯籠、狛犬、そして社殿。

鳥居の脇に「旧鷹町」の標柱がある。

読むと、脳内に「?」がいっぱい湧いてくる😅

「宝永三年(一七〇六)平田郡大町組浜畑分の砂地一三,六二二坪を整地し、一二四軒に割り当てて新地とした。これが鷹町、外野町の始めであり、当時、現稲荷神社を鷹尾山金剛院といった所から鷹町と名付けられた。平成十九年十二月 酒田市教育委員会」
旧名の「鷹尾山金剛院」……音読すると、あら、もしかして東京八王子の「高尾山金剛院」と同じかな?

社殿が小さいわりに、右裏手に大きいのや小さいのや庚申塔がいくつもあって好奇心をそそられたけれどスルー。そろそろお腹が空いてきた。

大きさも形も違う庚申塔が並んでる。
並んでいる姿が、なんか微笑ましい♡

鷹町稲荷神社を回ったおかげで、今朝行きがけに通らなかった側からホテルに戻ることになり、新しい複合施設の建設に最後まで抗った人の存在を知る。いろいろあったのだな……窓に告発・抗議文が貼ってあった。経緯も詳細もわからないが、これも街の歴史の側面だ。

さて、気を取り直して朝ごはんだ。
「月のホテル」の朝食バイキングには、オーダーで作ってもらえる酒田ラーメンやオムレツなどのメニューもあったのだけれど、芋煮、玉こんにゃく、イカ刺身、サラダなどをバイキングするだけで私はもうドキドキ。もっとたくさん食べれる人になりたいと、こういうとき切実に思う。あれこれ取っちゃったけど、食べきれなかったらどうしようと心配しながら席に着く。
でも大丈夫だった、完食できた、自分にちょうど良い量でした。一番気に入ったのは「塩納豆」。納豆を塩漬けにして発酵させた酒田の郷土料理だそう。麹のやさしい香りが納豆くささをほんのり抑え、ほどよい塩気でごはんが進む。ああ、おかわりしたかった、できることなら。煮卵との相性も抜群でした♡

朝食ビュッフェは「月のホテル」のご自慢

朝食後、ホテルの部屋で荷物をまとめ、リュックをフロントに預け、朝9時オープンの「MIRAINI」の観光案内所でレンタサイクルの手続きをして、いざ出発。
午後に取材予定があるので、11時半には戻ってくる心づもりだ。持ち時間は2時間半。さて、どこまで回れるだろうか。

昨日より新しい自転車だったけど、カゴのイラストは同じ😆

まず目指したのは酒田名所の筆頭山居倉庫
1893(明治26)年に建てられた、米を保管するための倉庫である。川縁に連なる三角屋根に風情がある。素っ気ない四角い現代の倉庫とは対照的だ。

手前を流れるのは新井田川(にいだがわ)。
正面部分はインフォメーションセンターになっている。
受付にあった歴史解説書、販売してなくて残念だった🥲
インフォメーションセンターには
解説パネルがずらっと並ぶ。
西側に、日を遮るために植えられたケヤキ。
木陰の風は気持ちいい。
倉庫の側面。
構造の工夫で温度・湿度を調整!
電気に頼らない先人の知恵が素晴らしい。
こちらも見た目にも日除けにもナイス👍
物資輸送に使われた「小鵜飼船(こうがいぶね)」。
「最上川・川舟保存会の製作」と案内板に。

(製作年は不記載)。

ぐるっと30分ほどで見て回り、インフォメーションセンターの展示パネルもざっと見たのだけれど、倉庫の仕組みも、周囲の植栽も、地理的特徴も、理解しきれないことがたくさん。いつかガイドツアーをお頼みして回ってみたいと思う。「酒田市観光ガイド協会」に予約すると、トリビアなエピソードを語りながらガイドさんが案内してくれるそうだ。

次に、本間家旧邸を目指して北上しようと川を背に進みはじめた細い通りに、何やら惹かれる門を見つけた。酒田町奉行所跡だって♪

明治維新までの246年間、奉行所だったいう
当時は現在の5倍の広さで、南端は新井田川に接していたそう
こういう模型、大好きだ。
「亀ケ崎城」があったのだな…もっと知りたい。

奉行所跡を出て、本間家旧本邸に向かう。
おおよその方向に進み、なんとなく道みたいな駐車場みたいなスペースに沿って進み、よっこらしょと段差を越えた正面に、目指す本邸が通りの向こうに現れた。
本邸の前には駐輪スペースがなく、自転車をどこに置こうかキョロキョロ。今しがた通ってきた脇をみると、ちょうど良さそうなスペースがあるではないか。しかも「SAKATA」の幟旗も立っていて観光名所と主張しているから断られるはずはなかろう。入り口から内に向けて「自転車停めてもいいですか?」と声をかけると、「いいですよ〜。ただ、お客さんが来た道は通行禁止です」とクギを刺された😅 グググ〜、知らんかったの。どおりで妙な段差があったんだ😅

本間家旧本邸の向かい側にある別館「御店(おたな)」。
その昔、本間家の店だった建物で、帳場や度量衡などを展示。

お土産品も売っている。
本邸は、本間家三代の光丘が
1768(明和5)年に庄内藩主酒井家のために建造。
その後、本邸として使用。
戦後、一時期は公民館に。
県文化財指定。中は撮影禁止。

本間家旧本邸を出たところで10時半。まだ1時間ほど残ってる。
「御店」のスタッフさんに尋ねると、日和山公園まで自転車なら10分もかからない、けど、最後はちょっと上り坂で自転車こぐのは無理かな…と言う
時間的に大丈夫なら、レッツ・ゴーだ✊

日和山公園の入り口。
日和山は桜の名所、夕日の名所でもある。
入り口脇には「酒田市 市民憲章」の碑が。
あえて言うなら弱者視点も入れて欲しかった。
高台から、酒田港や最上川河口が一望できる。
日本海に沈む夕日が眺められるそう。
高台から下っていくと、小さな池に帆船が浮かぶ。
駆け出したい光景だが、おばあちゃん、ゆっくり歩く😅)
1/2サイズで再現された千石船。木の船は優雅だ。
おーい、河村瑞賢さーん
徳川幕府の命で日和山に御米置場を設置した豪商だ。
酒田から江戸への西廻り航路を開発し、
米穀・紅花などの運搬で酒田港の基礎を築いた。
江戸時代から昭和にかけて酒田に来た文人墨客の文学碑が園内に29基!
これは野口雨情の。
本間家三代光丘の意志をついで1923(大正12)年開館の「光丘文庫」。
2023年9月末をもって閉館。
デジタルアーカイブとデータベースは公開。

この日の散策は、ここまで。ひとまず満足満足、大満足。自由時間を思い切り楽しんだぜ♪👍

公園手前にある小幡楼ヒヨリベーカリー&カフェでパンを買いもとめ、自転車を走らせるうちにポツポツと雨が降り出したけれどザーザー降りになる前に観光案内所に到着できた。ギリギリセーフ💦

自転車を返し、「月のホテル」のフロントで荷物をピックアップして「MIRAINI」の図書館の「エンガワラウンジ」でパンを食べ、まだ時間があったので30分ほど図書館の郷土資料コーナーで取材の下調べの補足をした。ほんとうに心配りの良い図書館で、とても気に入った。次のブログにまとめるつもり。

いよいよ午後は取材だ。目指す取材先は、平田牧場の本社

13時頃、駅前からタクシーに乗った。
行き先を告げると、運転手さんは「ん?」と首を傾げ、一呼吸おいて「あー、ガーデンパレスね」と言った。たしかwebサイトには本社ビルに宴会場「ガーデンパレスみずほ」と記載されていたと思い出し、「そうです、そう」と返事し、しばし暑いだの稲の育ちだがどうのと話すうちに、彼が尋ねてくる。
「新田嘉一さん、元気だよねぇ?」
え? ……これからその新田嘉一会長のインタビューに行くのだけれど、私、そんなこと話してない。なのに、なぜ?
で、「え? そうなんですか? お元気なんですか?」と鸚鵡返しに聞いてみた。すると、それには答えず運転手さんは言うんである。
新田嘉一さんは市長より偉いんだ」
ほお、市長より偉いんですね?」と投げ返してみる。
「だってさ、会社だけじゃなくて空港とかさ、大学だって理事長だしさ」
「なるほど、地域にものすごく貢献していらっしゃるんですね」
すかさず運転手さんは、話題を変えてくる。
「だけどさ、今の市長はダメだね、女だから」
(はぁ? 女だからダメだって? そんなことを私に言ってくるなんて、ダメダメはそっちじゃね?)とは口に出さず、「いやいや、最近は女性の首長さんもいろんなところで活躍してますよ」と反論してみるも暖簾に腕押しだ。
「それにさ、学者あがりだから、やっぱりダメだ」
はぁ? なんだ、その偏見。学識者を舐めんなよ)とは口に出さず、「いやいや、私が前に住んでいた三鷹市だって、大学教授だった女性が市長さんでしたよ」という私には答えず、彼は重ねてくる。
「だけどやっぱ、庄内のことも知らないし」
「いやいや、地元出身じゃなくても、東京の杉並区なんて神奈川出身でヨーロッパで研究していた女性が区長ですからねぇ」
……ああ言えばこう言うだけで会話がから回るうちに、目的地に着いた。近くてよかった。60代後半〜70代とお見受けする運転手さんだったけど、もし庄内地方のジェンダー意識のスタンダードがコレだったら、女性が何かしようとすると高いハードルが障害物競走のように次から次へと立ち現れるだろう。まぁ、日本のジェンダー・ギャップ指数は148カ国中118位と低迷したままだから、どの地域でも多かれ少なかれ運転手さんのような意識の人は少なくないのだろう。ましてや庄内は「おしん」の郷だしね🥲

なぜか運転手さんが話題にしてきた平田牧場会長の取材については、「季刊 社会運動」10月号が発行されたときにまた書きます。乞うご期待!

帰路は、庄内空港から空路。
搭乗前に「平田牧場 庄内空港店」でラーメンを🙏 やわらかなチャーシューとあっさりスープが◎
キャベツの千切りとメロンが添えられているのも
気が利いてた