ハン・ガン 著/斎藤真理子訳『別れを告げない』( 白水社発行)を読んだ。
読むうちに、体感温度が5℃、10℃……ぐんぐん下がっていく。大雪の中でなかなか来ないバスを待つ、雪の森を迷い歩く、やっと辿り着いた家屋は冷え切っていて、救おうとした鳥は息絶えており、温かいシャワーも豆入りのお粥の夢も停電のせいで消える。……私は快適な自室でぬくぬくと読書しているだけなのに、しんしんと冷気が忍び込んでくる。寒い、寒い、寒い、ひたすら寒い。
そして、激しい痛み。接合された指に針を突き立てるたびに全身の神経に激痛が走る。しばしば襲われる偏頭痛と吐き気。かつて済州島の人たちが受けた集団虐殺や拷問の記憶や記録。読んでいる私の体も緊張してこわばる。辛い、辛い、どうしてこんな理不尽な辛さが歴史の中で繰り返し起きるのか。
情景や心境の描写は細やかなのに、色彩がない、味覚もない。色といえば、雪の白と血の赤。降り落ちてくる雪と夜の冷え冷えとした暗さばかりが広がる。食べ物は、バスの中で口に入れたガムと、かつて親友が作ってくれた豆入りのお粥の記憶だけで、むろん香りや甘さのような描写は皆無だ。寒くて痛くて辛いのに、読むのをやめられない。寒くて痛くて辛いときでも、雪の結晶や鳥のシルエットは美しく、ほのかな蝋燭の火が暗闇の中にあっても希望と愛をにじませる。その美しさ、希望、愛を求めて進みたくなる。こんな過酷な状況でも。
数ヶ月前に図書館に予約したこの本が手元に届いたのは、今年2024年のノーベル文学賞の受賞が10月10日に報道されてから約1ヶ月後のことで、「ノーベル文学賞作家の作品」を読んでいると意識しないではいられないタイミングでの読書となった。世界各地で戦火が収まらず、熾烈なジェノサイドが止められない今、激甚な痛みをもって逝った人々に「別れを告げない」=「哀悼を終わらせない」という強い意志を世界で共有すべきだというノーベル文学賞のメッセージをも噛みしめた。
受賞記者会見を開かなかったことについて、作家の父は「娘は、ロシア-ウクライナ、またイスラエル-パレスチナ戦争が激しく、毎日死体が運ばれてくるのに、何のパーティをするのかと言い、記者会見をしないことにした」と語ったという記事を読み、虐げられている人たちと常に共にあろうとする作家の姿勢に胸が締め付けられた。
翻訳者の斎藤真理子さんの、済州島で1948年11月から49年3月に集中して起きた激しいジェノサイド「四・三事件」をめぐる歴史的背景と、作家ハン・ガンさんについての解説が秀逸で、「別れを告げない」という作品の鮮明な理解に導いてくれる。必読。
こんな寒さ、痛み、辛さ、哀しさを、今も世界のあちこちで押し付けられている人々がたくさんいる。私は、こんな寒さ、痛み、辛さを耐えることができるだろうか。
戦争もジェノサイドも、できるだけ早く止めたい、止めてほしいと、今日も祈るしかないまま2024年も師走になってしまった。