新事業の立ち上げのために、父から3億円の借金!?

仕事について

1ヶ月ほど前のこと。
朝、私より早起きしていた姉が、笑いながら報告してくれた。

さっきパパがあたふた起きてきて、「ともよ(←私の名前です)が新しい事業を立ち上げるというんで3億円貸してしまった。大丈夫だろうか?」ってパニクってたよ。

あはは、それは傑作。で、どうしたの?

「夢でしょ? そもそもパパ、3億円も持ってないでしょ?」って言ったら、「そうか、そうだな」ってホッとした様子で、また布団に戻ったよ。

ははは、笑える。
いったい父の夢のなかで、私は3億円もの資金で何を企んでいたのだろうか?
現実の私は、その2000分の1程度の額のパソコン買い替えですらビビって悩んで踏ん切りつかずにいるというのに、ずいぶん豪胆な分身が現れたものである。

実のところ、91歳の父は私のことをひどく心配している。
私の仕事を、経済状態を、将来を、心配している。
三姉妹のなかでも一番私を心配しているのだ。
ある日の夕食どき、「俺が心配なのは、お前だ」と人差し指を突きつけられてそう宣言された。
すいませんねぇ、昨年夏から同居して認知症が進んでいく様子を間近で見ている身としては、「私が一番心配なのはお前さんだ!自分の心配を先にしてくれ!」とガン見して指を突きつけ返してやりたかったけど、まぁ、すったもんだになると面倒限りないもんで、そっぽを向いてスルーした。それにまぁ、父が私のことが心配なのも無理はない。

だって、私ときたらアラ還だってのに安定感がない。将来の見通しもない。大病して、会社を閉じて、父がほぼ半世紀前に建てた家に一人ブラッと戻ってきているという時点で、リッチな香りも余裕の気配もいっさいない。「稼げているのか?」と問われれば、「まぁまぁね」とお茶を濁すのが関の山だ。

日がなPCの前で原稿書いたりチャットで打ち合わせしたりブログ更新したりしている私は、父から見れば、音楽を聴いてるんだか見逃し配信でドラマを見てるんだか区別がつかず、「あいつはいつも呑気に暇つぶししてるだけなんじゃないか」と疑っているふしがある。ときおり私の書斎を覗きにくる目付きから、その疑念が滲みでている。
「お前はどうせ貯金もないんだろう」とジメッと私を睨んできたこともあった。「え?貯金?あるわよ!」とフンッと荒い鼻息を立てて言い返したけど、父が眠れなくなると気の毒だからもちろん金額には触れずにおいた。

そんなわけで、うだつの上がらない娘を仕事に狩り立てようと画策しているのか、父はあれこれ企画を提案してくる。
例えば、「デイサービスで知り合ったTさんに、俺のエッセイ集を渡しておいたぞ。Tさんは市の文芸誌に投稿するような人だから、ひょっとすると自分のエッセイ集を出したいんじゃないかと思うんだ」と、したり顔で何度も言ってくる。「俺のエッセイ集」とは、かつて父が綴っていた文章を私が編集して2年前に『紙のBCCKS』を利用して製本したもの。作ってあげたときから、「これはニーズがあるぞ」と父は繰り返している。
それから、「デイサービスにはこのあいだ100歳になった婆さんがいるんだが、このAさんがしっかりしていて、来るといつも謎解きのプリントを鉛筆なめなめ一所懸命やってるんだ。人生100年時代の先駆者として取材するといいぞ。なんならデイの宣伝にもなるだろうから、俺から頼んでやろう」とも最近しきりと言ってくる。
他にも、昨年から父の確定申告をe-Taxでやってあげるようになってからは、「年をとると自分でできなくなるから、これもニーズがあるぞ」と繰り返している。

私は「うんうん、そうだね、ニーズあるよねー。ただ、今はコロナで気軽に会えないから落ち着いたらね〜」とかわしている。本音としては、老人を相手にするのは父と母だけでお腹いっぱい、胃もたれしてます、けっこうです。それに今の父の営業エリアがデイサービスに限定される以上、トラブルの発生率はおそらく100%。いいねいいねと契約になったはずが、5分後には「そんなことは言ってない」。はちゃめちゃな展開が目に浮かぶ。そんなことになれば父の居場所がなくなってしまう危険性も高い。それは困る。すごく困る。絶対に避けたい。どう考えても無理、ノー・サンキュー。

だけど、そうやって企画を私と姉の前で朗々と披露している父はとっても楽しそう。
銀行員時代に審査部だったときは融資事業の構想も練っていたらしいし、兄弟が会社を設立したときは父が事業計画の草案を作ったらしい。もともと企画立案が好きなんだろうな。

91歳の今となっては、自分が通っているデイサービスの名前も覚えられないし、自分が今いるのが東京なのか札幌なのか所沢なのか函館なのかわからなくなっちゃうし、着替えの順番が変になってオタオタするし、トイレの便器で紙パンツを洗っちゃって慌てふためくようなこともある父だけど、昔取った杵柄でわくわくしながら思いを巡らすのは、きっと頭にも心にもいいことなんだろうなと想像する。

とすると、うだつの上がらない娘の存在は、父にとって貴重じゃあるまいか?
心配の元凶の私って、実はすごい孝行娘なのかも?なんてね。