かねてから、政治家が語る言葉は「わかりにくいなぁ」と感じていた。
わかりにくいどころか、全然わからないこともしばしばある。
わからなすぎて、吐き気がすることさえある。
うちにはテレビがないので、もっぱらラジオやYouTubeで視聴しているのだが、国会や会見での首相や閣僚の発言は、とりわけつかみどころがなくて首をかしげることが多い。
3日前の2020年5月18日、検察庁法改正案の審議が見送られたときの首相の「ぶら下がり会見」を聴いたときも同様だった。
この人、何を言ったんだ? 何を伝えたんだ?……わからなかった。
耳に残ったのは、何度も連呼されていた「国民のみなさま」というワード。もしや、「国民のみなさま党」に党名を変えたのか?と思ったほど。笑
この検察庁法改正案の審議は、ご存知のとおり、衆議院議員の内閣委員会で先週行われていた。これに抗議するtwitterデモが大きく広がったり、検察OBの方々が異例の反対意見を法務大臣に宛てて提出したりして、世論が大きく反対したという背景があり、さすがの安倍内閣も、審議も強行採決も見送りにせざるをえなくなったのだ。
例えば、朝日新聞の世論調査では、改正案に「賛成」は15%にとどまり、「反対」が64%、そして「成立を急ぐべきではない」が80%に及ぶという、政権の強行採決にNOをつきつける結果だった。報道各社の調査結果も同じようなものだった。
そのような流れで、審議の見送りを内閣は決め、その直後の首相への「ぶら下がり会見」が報道されたわけである。
ところが、私は夕飯を食べながらNHKラジオ第1のニュースで安倍首相の発言を聴いたのだが、その内容が、よくわからなかったのである。シンプルな内容のはずなのに。
なんでだろう?と気になっていたところ、翌日、twitterで上西充子さんの投稿を見て、なるほど、と合点がいった。

そう、つまり検察庁法改正の審議の見送り決定についての会見で、記者の質問もそこに焦点が当てられていたにもかかわらず、なんとなんと「検察庁法」という肝のワードを首相はいっさい使わなかったという事実。
上西さんの指摘に、「えっ!?」とのけぞってしまった。それじゃ、骨抜きの会見じゃないか。
「検察庁法改正案の見送り」についての会見だという前提で聴いていたけど、YouTubeで聴き直してみると、たしかに彼は「検察庁法」については一言も語っていない。「公務員制度の改革」について話していたんですね。いくら束ね法案にしてあったとはいえ、いやはや、聴いていてトンチンカンになるわけだ。まったくひどい論点外しだ。
そんな論点外しに気づいていなかったのは、たぶん、私だけではなかったみたいだ。この上西充子さんの投稿は、同日22時09分発信の朝日新聞デジタルの記事『ぶら下がりで首相が言わなかった言葉は・・・』で取り上げられていた。
この記事を読んで、「えっ!?」とのけぞった人も多かったことだろう。
で、あらためて、「ぶら下がり会見」で首相は何を言っていたのか、じっくり眺めてみることにした。
ほんとは、何も言いたくなかったんでしょうね笑
聴いただけだと、あまりにつかみどころのない会見なので、一部を文字起こししてみた。
国会の発言じゃないから議事録がない。めんどくさいけど自分でやった。
なるべく忠実に、音声として聞き取れる語は「えー」や「おー」なども書き起こした。
また、首相の話法の特徴である「間」も、スペースを開けることで再現してみた。
(YouTubeのANA newsCH 検察庁法の改正案“見送り”からの書き起こし)
えー、公務員の延長法案 については、えー、まさに、 国民全体の奉仕者たる 公務員制度の改革 については、国民のみなさまの おー、声に十分に耳を傾けていくことが不可欠 であり、え、国民のみなさまの えー、ご理解なくして前に進めていくことはできないない と考えます。
えー、その 上においてですね、やはり 国民のみなさまの おー、ご理解を えて、進めていく ということが 肝要で え あります。
その考え 方のもと、えー、今後の おー、対応方針について えー、幹事長と 考え方で一致したところであります。
…ありゃ、読みづらいですね。
安倍首相の発言は聞きとりづらいだけじゃなく、文字起こしして読んでもわかりづらい。
というか、これでは読めない。意味にたどりつけない。笑
そこで、まずは、わかりづらいポイントを赤字にしてみる。
えー、公務員の延長法案 については、えー、まさに、 国民全体の奉仕者たる 公務員制度の改革 については、国民のみなさまの おー、声に十分に耳を傾けていくことが不可欠 であり、え、国民のみなさまの えー、ご理解なくして前に進めていくことはできないない と考えます。
えー、その 上においてですね、やはり 国民のみなさまの おー、ご理解を えて、進めていく ということが 肝要で え あります。
その考え 方のもと、えー、今後の おー、対応方針について えー、幹事長と 考え方で一致したところであります。
で、赤字とスペースを抜き取ってみると……
公務員の延長法案は、国民全体の奉仕者たる公務員制度の改革であり、国民のみなさまの声に十分に耳を傾けていくことが不可欠であり、国民のみなさまのご理解なくして前に進めていくことはできないないと考えます。
その上で、やはり国民のみなさまのご理解をえて、進めていくことが肝要です。
その考え方のもと、今後の対応方針について、幹事長と考え方で一致しました。
…少しは、なめらかに読めるようになったような?
青字の部分は、文章が成り立つように補足で加えたところ(じゃないと、意味をなさない文章になってしまうから)。
原文 228文字 → 163文字、約71%までぎゅっと短くなりました。
しかし、どうなんでしょうね、「国民のみなさま」と連呼している部分。
なんか意味が、重複してますよね。
・ 国民のみなさまの声に十分に耳を傾けていくことが不可欠
・ 国民のみなさまのご理解なくして前に進めていくことはできないない
・ 国民のみなさまのご理解をえて、進めていくことが肝要
レトリックとして、言葉を重ねることで印象が深くなるというケースもあるけど、むしろこの会見では「国民のみなさまの」が繰り返し聞こえてきて、頭がぐるぐるして意味がとらえられなくなった印象が私にはある。
そこで、いっそ端的に「国民のみなさまの声に十分に耳を傾け、ご理解をえて進めていくことが肝要です。」とひとまとめにしてみちゃおう。
すると、あら、だいぶすっきり。
原文 228文字 → 105文字。原文の約46%になっちゃった。なんと半分以上削られてしまったよ。笑
公務員の延長法案は、国民全体の奉仕者たる公務員制度の改革であり、国民のみなさまの声に十分に耳を傾け、ご理解をえて進めていくことが肝要です。
その考え方のもと、今後の対応方針について、幹事長と考え方で一致しました 。
で、ここまですっきりさせると、あら、最後の結論がめっちゃ変じゃない?と気づくわけですよ(って、もっと前に気づいた方もいるかもしれないけど)。
・その考え方のもと、今後の対応方針について、幹事長と考え方で一致しました。
うーむ。どうなんでしょうね。
「その考え方のもとで、考え方で一致する」
・・・
たぶん、冒頭の「その考え方のもと、」がいらない?
とすると、
「今後の対応方針について、幹事長とその考え方で一致しました。」
と言いたかったんでしょうかね?
やれやれ。
きちっとスーツを着てカメラの前に立って、会見が終わったら忙しそうに背を向けて立ち去る。
あたかも、ちゃんとした首相が、ちゃんと話しました的な雰囲気を醸しているけど、その実、語るべきことを語らずカスカスの内容だっただけじゃなく、日本語が変だったという事実。
「美しい日本」を語る前に、ちゃんとした日本語でしゃべろうね、安倍さん。
上西充子さんが指摘するように、この会見もまた、空虚な「ご飯論法」だったことを合わせて考えるに、安倍首相は何も語りたくなかったけど何か言わなければならない状況になってしまったから、核心を避け、それらしく聞こえるような言葉を連ねただけだったことがよくわかった。
ずるい。というか、ひどい。
国民のみなさまのご理解を得ようとしている人の発言ではないよね。
政治の言葉のわかりづらさは、かねがね気になっていた。
でも、優先順位を高くして細やかに目を向けてこなかったのは、たぶん、私には政治のことは理解できない?…と、劣等感を抱いていたからかもしれない。
だけど今、コロナ禍で得られたstay homeの時間がたっぷりある。
せっかくなので、上西充子著『呪いの言葉の解きかた』を指南書に、言葉を扱う編集者としての視点も活かして、ぼちぼち考察していきたいと思う。