他者との違いに戸惑ってもいい。そして受けいれていけばいい。穏やかに爽やかに、そう教えてくれるマンガ『弟の夫』全4巻

日々の楽しみ

双子の弟・涼二の結婚相手であるカナダ人のマイクが、主人公の弥一のもとを訪れてくる。
涼二が一ヶ月前に亡くなり、「いつか一緒に行こう」と約束していた日本へ、マイクは一人で旅してきたのだ。

そんな「え、それ何?」という疑問がいっぱい湧いてくる場面から、物語は始まる。

呼び鈴に応えて自宅の玄関に出たところで、大きくて毛むくじゃらのマイクにガシッとハグされた弥一は、「てめ…このやろ…何だ! 放せホモ!」と頭のなかでは反応する。
でも、口から出るのは「…おいちょっと 悪いんだが…」。

そんな脳内反応と発言の落差がしばしば表現されるのが、このマンガの面白さのひとつ(というか、こういう表現ができるマンガってすごい♪)。

弥一の脳内反応は、日本人の旧態依然な偏見にとらわれている。で、思わず、それが表出しそうになるのだが、そのたびに弥一は踏みとどまる。
ただ、弥一は踏みとどまるんだけど、だからといって即座に確信をもってオルタナティブでスマートな態度をとれなくて戸惑う、迷う、ためらう。そしてちょっとアタフタしたり、不機嫌っぽくなったりする。

そんな弥一の戸惑いや迷いを一瞬にして吹き飛ばしてしまうのが、娘の夏菜(かな)のおおらかな言動だ。小学生の夏菜には社会的な偏見も先入観も、まだ染みついていない。だから反応がすごく素直なのだ。

父親の双子の弟とカナダで結婚したからマイクは夏菜にとっては「オジサン」であるというマイクの説明に驚き、男同士の結婚が日本じゃできないけど、できる国もあると知った夏菜は言い放つ。
「変なの」と。

そのときの弥一の脳内には、「だろ? 男同士で結婚できるなんてのが変なんだよ!」という凝り固まった偏見が反射的に出るのだが、弥一に先んじて夏菜は言う。
「こっちで良くて、あっちでダメなんて、そんなの変!」

あらあら、そっちでしたか。笑

…というような場面がいい感じに散りばめられていて、そのたびに私たちは弥一といっしょにハッとさせられる。
「そっか、そうだよね」と。

そして、自分のなかに巣食っている偏見に気づかされ、実はその偏見が他者を受け入れる弊害になっていることに目を覚まされる。

その覚醒感が、なんとも爽やか。
まだ読んでないあなたには、この覚醒感をぜひとも味わってほしいな。

夏菜の友だち、同級生のお母さん、担任の先生、やはりゲイの涼二の同級生などが登場し、社会的な偏見や無理解があぶりだされ、弥一はひとつひとつに向き合って咀嚼していく。
読みながら、私たちはその過程をいつのまにか共有し、他者との違いを心から受け入れる度量が広げられていく。そして、思う。「他者との違いを受け入れるって、すごく気持ちのいいことなんだな」と。

実は、弥一はシングルファザー。
会社や役所には勤めずに両親から受け継いだ不動産の管理業務を生業として家で仕事をしている。掃除も料理も自分でやっている。
そんな、ある意味アウトサイダーな生き方をしている弥一ならではの、ゆったりとした生活感や、元妻とのほどよい距離感も素敵に描かれている。
そして弥一の作る料理の美味しそうなこと。オムレツ、ビーフシチュー、焼きそば、しょうが焼き、肉団子鍋etc. 思わず食べたくなる、真似して作りたくなる。笑

折々に挟み込まれている「マイクのゲイカルチャー講座」もとてもわかりやすくてよかった。各国の「同性婚」の状況、ゲイライツ運動のシンボルである「ピンク・トライアングル」、LGBTのプライド・シンボルである「レインボー・フラッグ」、「カミングアウト」など、なんとなく知っているようで知らなかったことがあれこれ学べた。

全体を振り返って「よかったなぁ」としみじみ思うのは、高校生のときに弟から「俺さ、ゲイだから」とカミングアウトされて以来、無意識のうちに距離をとってしまっていた自分を、弥一が否定したり後悔したりしないところ。
そういう弥一だから、自分のなかに巣食う偏見にひとつひとつ向き合って理解を広げていけていけるんだと思う。
つまり、弥一は自己否定はしないのだ。だけど、「どうしてだろう?」と自問して咀嚼することで、自分のなかにある偏見をなくして受け入れていく。
そんな姿勢を、私も意識して身につけたいと思った。

田亀源五郎著『弟の夫』全4巻(双葉社2015年5月〜2017年7月発行)。
きっとあなたの度量もじんわりと広げてくれると思います♪