ロサンゼルス中央図書館の大火を題材にした『炎の中の図書館』は単なる火事のルポじゃなく、図書館をめぐる総覧みたいな本だった

気になること

1986年4月29日、ロサンゼルス中央図書館が火事で燃えた。
建築家バートラム・グッドヒューによって設計され、ダウンタウンの中心にある丘に1926年に開設された歴史ある図書館が、史上まれにみる大きな被害を受けたのである。

完全に鎮火するまでに7時間38分も燃えつづけ、「酸素ボンベ1400本、1250平方メートルの防水カバー、8090平方メートルのビニールシート、90俵のおがくず、1万1350立方メートル以上の水を必要とした。それにロサンゼルス市の消防署の人員と装備の大半を費やした」という大火災であったという。想像を絶する。
失われたり損傷したりした本はなんと110万冊に及び、建物が修復・増築されて再び開館したのは1993年、7年後のことだった。

『炎の中の図書館』(羽田詩津子訳・早川書房2019年11月発行)の著者スーザン・オーリアンは、息子の宿題で司書のインタビューに同行したときにこのアメリカ史上最大の図書館火事について知り、幼い頃から図書館と本をこよなく愛していたにもかかわらず、これほどの惨事を知らずにいたことに驚く。
そして火事のあった1986年4月29日以降の新聞を調べてみると、その日の『ニューヨーク・タイムズ』の一面右端に「ソビエト、発電所での原子力事故を発表する。事故によってスカンジナビア半島まで放射能レベルが上昇していることを認める」という一行記事が掲載されていて、翌日からは紙面の多くが原発事故の記事に割かれるようになり、図書館の火災は4月30日に後ろの方のページで小さく報じられただけだった。チェルノブイリ原発事故の陰で小さく扱われていた図書館の大火災について、当時、ニューヨークに住んでいた著者が知らなかったのも当然だったというわけだ。

こうして著者は、史上最大の図書館火事についてのリサーチを開始する。
図書館の司書や関係者たち、消防士たち、放火犯と疑われたハリー・ピークの周辺の人々などへのインタビューを重ねるのと並行して、ロサンゼルス図書館の歴史と歴代の館長たちについての資料を探索していく。
その軌跡をまとめたのが、この一冊だ。

内容は多岐にわたる。
現在の図書館、火事の原因調査、放火犯と疑われたハリー・ピークの私生活、19世紀に図書館ができた背景、司書の待遇、公共図書館のあり方について、図書館でのホームレスの扱いなどなど……盛りだくさんである。図書館にまつわるトリビアな話題も豊富に散りばめられている。エキセントリックな登場人物たちのアメリカらしいカオスのような価値観の多様さに、私は読みながら驚かされた。
話題は章ごとに大きく振れ、取り上げられる事象も時代も行ったり来たりする。読者はそれに激しく振り回されることになるのだが、それでもさほど迷子にならずに最後まで読み切れたのが不思議だった。すごい力技だ。

女性の地位が低かった時代、それでも女性が図書館の発展に尽力していた

「まさか!?」「そうだったんだ!」と驚いたり感嘆したりすることだらけの本だったが、個人的には、図書館の発展過程での女性たちの活躍と苦難がとりわけ印象深かった。

ロサンゼルスに図書館がオープンした1873年、図書館の利用は有料だった。会費は年5ドル、当時の平均的労働者の数日分の賃金に相当する額だったという。そして女性は雑誌を揃えた「婦人閲覧室」のみの利用で、本館施設には入れず、図書カードを持つことは許されなかった。
そんな女性にとって不平等極まりない時代に、3代目の図書館長になったのが18歳のメアリ・フォイだった。女性だったのも若かったのも異例のことだったが、非常に有能でほどなく男性の利用者たちに実力を認められるようになった。しかし4年ほどで、辞めさせられてしまう。「彼女の父親は経済的に余裕があって娘を養うことができる」という理由からだった。
「えーっ、なんで!?」というメアリ・フォイの激しい憤りは、現代の私たちにも容易に想像できる。しかし彼女が抗議して辛辣な批判を新聞に載せてもなしのつぶてで、決定が覆されることはなかった。その後、彼女は教師になり、「サフラジェット(婦人参政権論者)」として活動したという。次世代のフェミニズム運動、ジェンダー平等運動へとつながっていく女性の人権と地位向上を求める歴史のうねりの源に、ロサンゼルス図書館から外されたメアリ・フォイの憤りも埋もれているのだ。

そしてまたすごいのは、1900年に館長になったメアリ・レティシア・ジョーンズだ。「任務につくと、まず図書館に入館を許可されている子供の年齢を2歳下げ、10歳から入れるようにした。黒人人口が多い地域にはアフリカ系アメリカ人の司書を雇い、『奴隷の経験』についての本を集めるように勧めた」。
ところが、こんな素晴らしい発想と実行力を備えた有能な女性が、またも男達に足をひっぱられてしまう。1905年6月の図書館会議で、いきなり辞任を求められるのである。理由は、「男性が図書館統括長を務めるのが全員の利益になる」。まさに男性中心のご都合主義で、論理は破綻している。読んでいても開いた口が塞がらなかったのだから、ご本人の呆然自失は想像に難くない。
彼女は追い出されることを承諾せず、「男性ではない」という理由で職を辞することに強く抵抗し、翌日も図書館に出勤する。ロサンゼルス市内の女性組織『金曜の朝クラブ』の女性たちは彼女を応援し、1,000人の女性たちが陳情書に署名したが、理事会はそれを無視。それに対してロサンゼルスの女性たちは抗議し、市内を行進し、メアリ・レティシア・ジョーンズは図書館に出勤しつづけた。しかし女性たちの抗議運動は実らず、市法務官の裁定で彼女はついに解雇されてしまうのだ。
いまも根強く巣食う不条理な歴史の長さを思い知らされ、怒りがブスブスとくすぶってしまう。

民主主義が育まれるために不可欠な存在、それが図書館

著者のスーザン・オーリアンは、ロサンゼルス中央図書館の火災について探りながら、いかに本が燃えるのかを実際に知るために実験もする。実験で燃やしたのは、国が読書を禁じて人々が隠し持つ本を探し出しては燃やしていくという恐怖政治の未来を描いたレイ・ブラッドベリ著『華氏451度』のペーパーバックだった。
私がこの本を読んでいたときに、たまたま時を同じくして観た映画『マイ・ブック・ショップ』のなかでも『華氏451度』は物語の重要な役割を果たしていた。
読書好きが本について語るとき、『華氏451度』をなんらかの形で登場させずにはいられないのは、「本を読む自由」が人権を尊重する民主主義の基本であり、ひとたびそれを失うと社会が酷いことになってしまうと痛切に教えてくれる作品だからだろう。

1949年、ユネスコが国連に「公共図書館声明」を出したことも、私はこの『炎の中の図書館』を読んで初めて知った。
「図書館は市民が情報と言論の自由の権利を利用するために不可欠なものである。情報に無料でアクセスできることが民主主義社会では必要だ。それによって開かれた議論をし、世論を形成するからだ」
これは、ほんとうに大切なことだ。胸に刻んでおかねばと思った。

現在、公共図書館が指定管理者制度で民間委託されることや、図書館司書に処遇が良いとはいえない非正規職員が多いことの是非が問題になっている。この本を読んで、それが単なる図書館運営の課題などではなく、社会のあり方にダイレクトに通じる大きな問題なのだと認識できた。
地元の図書館を愛用している私は、2月末に開催が予定されていた『図書館利用者懇談会』なるものに参加してみようと思っていたのだが、折しも新型コロナウイルスの感染予防対策で中止になってしまった。とても残念だが、図書館に関するアンケートやパブリックコメントなどの機会が今後あれば、一市民として積極的に意見を伝えていきたいと思う。

ロサンゼルス中央図書館の火事のルポだという認識で手に取った本だったが、予期せぬたくさんの学びを得ることができた。あらためて原作タイトルを確かめると、『The Library Book』とある。なるほど、そうだったのか。
とはいえ、『炎の中の図書館』という邦題はちょっとセンセーショナルで、想起させる内容が実際よりも偏りがあるとはいえ、「読んでみたい」という気持ちを惹く絶妙なタイトルだと思う。